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最後までインド

6月4日


ヨルダン行きの飛行機は、6月5日の朝5:30発

ぎりぎり夜中12時にチェックアウトして、早めに空港で待つことにした


空港までのタクシーを250ルピーで約束し、50ルピー前払いして、夜を待つ。
デリーは、特に見どころない、というか、混んでるし客引き多いし、外にはほとんど出ず、ホテルでずっとインターネットしていた。


久しぶりにヤフージャパン開いたら、

カエラちゃんと瑛太出来婚
大沢たかおと綾瀬はるか交際



てか、首相変わってる!!!!!!


鳩山さん、ゆっくり休んでください。。
なんか、日本で最後にテレビに出てたのを見た頃は、もう鳩山さん顔イっちゃってた。
病んでた頃の華原ともちゃんみたいな無表情さで、もうかわいそうだった。


誰がなっても大変だと思うけど、菅さんすこし期待してます。









夜12時、約束してたタクシーは来ない。。
やっぱり、というか、なんというか。


ホテルの前で待ち構えてた他のタクシーのおっちゃんが、
「来ないのか?じゃあ俺のタクシーで200ルピーで連れてってやる!」
と言うけど。。

でもそれじゃあ、あのうそつき野郎にただで前払いの50ルピーあげたことになる
それは超むかつく


ので、

インド最後の日、今までの色んな思いを込めて、最後にそのオフィスに乗り込んでやることにした。
西川をホテルの前に残し、ホテルの前にいたタクシーのおっちゃんを引き連れて。


もう夜中だから、シャッター閉まってるかな?と思ったら、閉まってなくて、ガラスのドアが見える。






しめしめ








ばーーーーーーん!!!!!

ガラスが割れても知らん、と思って、思いっきり登山靴でドアを蹴ってやった。




連れてきたタクシーのおっちゃんあ然。。



そしたらあわてて人が出てきて、どうしたどうしたみたいな。


あえて声は荒げず、
「頼んでたタクシー来ないんだけど。どうなってんの?」
と冷酷に言い捨てる。





その人はあわてて服を着て(寝てたらしく半裸だった)、その運転手の家まで行ったら、そいつまだ寝てたらしい...





ほんとは、そんなやつに運転されたくないから、50ルピーをただちに返させて、ホテルの前にいたおっちゃんに頼もうと思ったんだけど、そのおっちゃんがいいやつで、
「まぁ、来たからいいじゃないか、乗ってやりなよ」
と言ってくれる。荷物まで運んでくれた






西川にこの一部始終を伝えたら、
「俺もそういうのやりたかった~」
と言っていた。



うん、確かに気持ちよかったよ




日本人は、言いたいこともぐっとこらえて相手をたてたりする美徳があるけど、あたしは旅において確実に強くなっている気がする。。
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男-男-女

6月3日


なんだか朝起きても、2人とも体がすごく重い

がんばっていつものところに朝ごはんを食べに行ったけど、なんか呼吸するのもつらいくらいで、あたしはチャイを飲んだだけで、頼んだパンケーキもほとんど食べられなかった


昨日の夜まで元気だったのに、しかも2人そろって、こんなに何かに押しつぶされるような重さを感じるなんて不思議。


今日プシュカルからデリーに帰るけど、プシュカルに呼び止められてるのか??
とか考えてみる。









そしたら、顔なじみになってきたお店の主人NIZAMが、子供はいるのか?って聞いてきた。





「子供はいるのか?」
ネパールでもインドでも、この質問何回されたかわかんない。
日本ではこういうのは聞かないよね。
不妊とか価値観とか、いろいろね。



まだいないよ、って言ったら、NIZAMが今何歳だ?って。
西川が28歳、って答えたら、すぐに子供を作り始めたほうがいい、って。
確かに、NIZAMは40歳だけど、もう孫が4人もいるらしい
日本は60歳くらいにならないと、孫はできないかな、って言ったら、びっくりしていた。

そして、NIZAMが言うには、うちらには、
1人目は男の子
2人目も男の子
3人目で女の子
が生まれるらしい。
何度も、自信たっぷりにそう言うから、ほんとにそんな気がしてきた。
3人産まないとめいちゃんは来ないのかぁ~。


でも、もしほんとに1人目が男の子だったら、その子を連れて、日本からプレゼントを持って、また会いに来るね、って約束した




NIZAMとババ。
NIZAMは40歳だけど、ババと毎日店先で遊んでて、子供のよう。今日もデジカメを貸したら、すごいうれしそうに何枚も撮っていた。
babanizam.jpg





おしゃべりしてるうちに元気が出てきて、ホテルへの帰り道、あたしもストール買った
インドは本当に服が美しい
今度単発でインドに来たら、たくさん買って帰ろう。。






プシュカルから電車の駅まで、バスに乗った
行きは1人9ルピーだったのに、今度は20ルピーだと言われた。
ちょっと待て、行きは9ルピーだった、って言っても
「No English」とか言いやがる
あげく、バスをわざわざ止めて、降りるのか払うのか、みたいになった。
誰かヒンディーと英語両方話せる人いませんかーって満員のバスの中で呼びかけたけど、みんなこっち見てるのに誰も助けてくれない。
しぶしぶ払った。

こういうすごく嫌な感じのことも、ちょいちょいあるなぁ、インド・・・
まぁ、それは日本でも一緒か。



あたしが怒らなくても、悪い人にはいつか天罰が下るでしょう。
(←手塚治虫の「ブッダ」で学んだ考え方。)







デリーには一泊だけして、明日の夜中にヨルダンに飛びます

アジアとしばらくお別れ。飛行機で飛び立つ、というのもあって、ネパール出国よりも感慨深い。

プシュカル

6月2日


もう6月だなぁ。。


プシュカルは、ほんとに居心地がいい町だ。
すこしツバルみたいな感じ。

道を歩きながら、会う人にあいさつする
たまには名前を教えあって、握手する。
子供がすこし恥ずかしそうに「ハロー」って言ってくる。
手を振り返すと、外人と話した!って感じでうれしそうにきゃっきゃしててかわいい。



「コリア?」
「ノー、ジャパニー!」
「オー、サヨナラー」

みたいなやりとりも何回もした。
何かを売りつけてくるわけでもなくて、それだけ。


こうやって少しでも、地元の人と会話できるのはうれしい。





今日は朝ごはんを店で食べてたら、すごい大音響とともに、サリーの大集団が通りかかった。
涙が出るくらいきれいな色興奮して鼻血も出そうだった

サリーズ1




サリーズ2





今日はヒンドゥーの大切な日らしくて、頭につぼと葉っぱをのっけて、ブラスバンドに先導されて、ずっと歩いていく。
うちらもふらふら引き寄せられるようについていったけど、まわりが砂漠みたいになってきたので、途中で引き返した。
町の外のお寺まで行くらしい。
なんだかハーメルンの笛吹きみたいだったなぁ
サリーズ3









しゃべらない修行をしてるババ(神様に仕えてる人、お坊さんみたいな。)にも会った。
「んー!」とか「あぁー!!」とかしか言わなくて、パントマイムみたいに話をするの。
子供にひざに乗られたり、ほっぺをひっぱられたりしても全然怒らなくって、自分の脇の下をぺんぺん叩きならがうひゃうひゃ笑ってる。
道行く人に、「ほーーーぅ!」とか奇声を浴びせて喜んでる。
しかも、たまに小声でしゃべっちゃってたし。だめじゃーん!



ババ。ハッピーマンだわ。
ムニババ







日中は暑いから部屋でごろごろ
出発時はちょっと心配だったけど、日本を出て5週間、西川と24時間一緒にいるのも慣れたものです。
空気夫婦になれそうです。
ituneをかけながら、お互い日記を書いたり写真を整理したり、本を読んだり。
西川の白髪を抜いてあげたり、今食べたいものは何か言い合って遊んだり。


ちなみにあたしが今一番食べたいものは、なぜかサッポロポテトのバーべキュー味
西川は、コーヒーゼリーだそうです。



今日西川が買ったストール。
「似合うなぁ」と自分で感心していた。。
西川ストール




夫婦になっていい事は、だんなさんのものも自分のものになること

思ったこと

5月31日


プシュカルに向かう電車に乗るために、朝ジャイプールの駅を歩いていたら、ホームに倒れている人がいた。全身にハエがたかって、おしっこも垂れ流しになって、でもがりがりの手だけは通る人に向かって震えながら差し出されてた。
そこだけ異様な雰囲気があった。


あの人は多分この駅のホームでこのまま死んじゃうんだろう。
明日かあさってかわからないけど。


もうすぐ人の歩くホームに突っ伏して死にそうな人と、旅行だか帰省だかで荷物を持って電車に乗る人は同じ空間にいる。
ぞっとした。


日本でもブルーシートの中で亡くなる人がいるわけで、広い空間で見たら同じことなのか?

でも、ホームでは、死ぬ、ブルーシートでは、亡くなる、と言い方を自然に変えてしまう。


ああなる前に、みんなでもっとお金を恵んであげてればよかったのか。
例えば、何か盗んだりして、刑務所にでも入ったほうが、いい生活だったんじゃないだろうか。



どちらにせよ、今あたしには出来ることは無かった。
かけよって抱き起こして、リキシャーでその女の人を病院まで運ぶことはあたしにはできなかった。
実際は、ぎょっとして一瞥して、もう一度振り返って2度見したくらい。


残像が頭にちらつく。



電車は逆方向に動き出したから、もう一度その人を見ることはなかった。




日本の戦後も、戦争孤児がたくさん駅で亡くなったらしい。
でも、インドでは最近戦争があったわけじゃない。
これが、カーストの目に見える不合理さなのか?


その先は?
その一歩先の結論が欲しい。
ここで考えが止まったら、何も意味がないと思う。何も見なかった、考えなかったのと同じ。
だからあたしはどうするのか、それが知りたい、と思った。
考え続ける?
一般的な結論は要らない、具体的な納得できる答えが欲しい。



夜、寝つきが大変いいはずのあたしは、しばらく眠れなかった。
答えもわからなかった。


5月31日

大きなトラブルなく、電車とバスを乗り継いでプシュカルという町に到着。

電車で寝るだんなさん。
電車




電車の黄ばんだ窓の外は、ずっと砂漠というか荒地で、たまに原色のサリーを着た女の人がやぎやひつじを追って風にふかれて歩いてるのが見えた。
中くらいの木が適当な間隔で生えていて、まるで半径10m以内の栄養はすべてその木にいってるから、それより外にしか次の木は生えない、って感じだった。
その木の形も、踊ってる人みたいのとか、首をのばしてるらくだみたいのとか色々あって。。
ずいぶん遠くまで来たなあ、とちょっとしみじみ。


荒地







プシュカルで、インド出国までの最後の数日をのんびり過ごす予定。

『深い緑色の小さな湖の東から北に位置する静かな町。湖はガンガーと同じようにヒンドゥーの聖地とされていて、巡礼に訪れる人は、この湖で沐浴する。』と歩き方に書いてあったから、期待してたら、湖は乾季で涸れていました。。。

断水の時のダムみたい。


でも町はいいサイズで、静かで、とても気に入った。
リキシャーを使わなくても、歩いて回れるし、同じ店の前を何回も通るから、だんだん町の人とも顔見知りになってく感じ。
商売商売してないのもよい。
洋服屋の中で、チャイを逆におごってもらったり、おいしいお店を教えてもらったり。
なにより、女の人のサリーが美しい。

プシュカル1



プシュカル2





サリー着てるとなんかドラマチックに見える
普通の服の男の人のバイクのうしろにサリーの人が乗ってると、みんな駆け落ちに見えるのはそのせいか。




同じ宿に泊まってる韓国系アメリカ人の女の人とも仲良くなった。
この人は、「Hey, my friend!!!」と色んな人に声をかけて、どんどん町の中に溶け込んでいく。
泳ぐように、人の間をにこにこしながら歩いていく。
2年くらい旅をしてるらしい。




なんかずっとあわただしかったから、ここで3泊できるのはとてもうれしい

湖が涸れてるってわかってたら来なかったかもしれないから、それもまたよし。
プロフィール

くじら日記

Author:くじら日記
2009年12月23日に結婚しました。
だんなさんは鍼灸師、わたしは病院での研修医を終えて、1年間の休みを取っての世界一周新婚旅行。
日記を、人が見てもいい文章で書くのってどうやってやるのかな…?と思いつつ、旅の記録を残したくてやってみました。

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