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お休み

5月25日



お休みの日。


西川がダウンした

前のあたしと同じようなうん水の下痢。





昨日の夕方くらいからどんどんぐったりしてきて、さすがにエアコンなしの部屋で寝かせるのはかわいそうだったので、ちょっといいホテルに移動。
だから昨日の夜は、久しぶりにクーラーが効いた部屋で寝たー
いつもは6時前に暑くなってくるから自然に目がさめて洗濯とかしだすんだけど、今日は8時半まで寝てた
文明の利器だねぇ。冷たい空気を出すなんて、すごいや。。
でもそのかわり、外にすごい熱い空気を出してるんだよね、悪魔の機械だわ。。




お部屋で看病。あたしが着てるのは、バラナシで買ったクルーターです。色が最高かわいい。
kanbyo.jpg






あたしは、本を読んだり、手紙を書いたりしながら、1日を過ごした。
がしがし観光してても、こうして1日部屋にいてのーーんびりしてても、何をしてても時間って過ぎていくものね。

ネパール・カトマンズでも、ここインド・デリーでも、小さいけど日本語の本の古本屋さんがあるので、そこでASIAN JAPANESE2を買った。1だけ日本で読んでたから、良いタイミング。
ちなみにここの古本屋は、岩井志麻子の「魔羅節」っていう、超気持ち悪くてあたしがはまってた本も置いてあって、素晴らしいセレクト





西川は、あたしが買ってきたポカリの粉みたいなやつを溶かした水のペットボトルを横に置いてひたすら寝ている。
赤ちゃんみたいにずっと寝てる
熱も少しあるから、熱射病もまざってるのかなぁ。。

正露丸とブスコパンを飲ませてる。
旅行中の下痢ってふつう食あたりとかだから、あまり強制的に止めない方がいいだろうと思って、ロペミンは持ってこなかったんだよね。。
食あたりというか、極度の暑さと疲労からきてるっぽいから、あったら便利だったなぁ。







人を看病するって、(しかもよく知ってて好きな人)、今この人よりもあたしの方が絶対的に強い立場にいる、っていう自覚から来る、少し残酷な気持ちと、かわいそう≒かわいいっていう気持ちが混ざってて、なんか自分が怖くなる。

ほんとは、今日からすこしだけリッチな4日間のプライベートツアーに行こうと思ってたんだけど、それも延期。そのあとに自分たちで行こうと思ってた、電車の遠出も、こりゃあキャンセルだなぁ。




インドは、あたしが行きたい!って言って来た国だから、あたしは行ってみたいところとかやっぱりあって、それに行けなくなるのは、病気でしょうがないとはいえ、やっぱり残念。。


「しょうがないよ!早く治ってね!」
って明るくすっぱり言えない自分。。





起こることには、すべて意味がある。
無駄に思えたり、だめに思えたりしても、それは自分のためになってる。

そう思える人間になれたら。













西川が倒れる前、週末に、少しデリーを観光したので、その楽しい写真ものせておこう。


ラールキラーってとこだけど、暑すぎて何がなんだかもうわかんなかった。。
インドは今夏休みなので、インド人の観光客も多くて、いろんな色のサリーが行き来してるのが、美しかったことしか覚えてないくらい。
観光1



モスクの前の門。ほんとは無料ではいれるとこなのに、馬鹿インド人が1人200ルピーだ、とIDを見せながら言ってきたので、じゃいっか、って入らなかった。。
次会ったらいじめ抜いてやるからな
観光2




あと、びっくりしたのが、デリーのメインバザール。
すべて建て直すそうで、まるで爆撃後です。。main bazzar
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あぁミゾラム

5月24日



今日、月曜日になるのを待って、ミゾラムへの許可証に向けて動き出した


でも、ミゾラムに近い州で、政治家が殺された事件があったばっかりらしく、
一回日本大使館でミゾラムの安全も確認した方がいいんじゃないか、
って宿のオーナーのおっさんに言われたので、それもそうだね、と思って、日本大使館へ


ミゾラムの方は、MSを見てもそうなんだけど、デリーとかバラナシとかにいる人種とは、違う人種が住んでいる。中国人がもっと肌の色が濃くなったみたいな感じ。ヒンドゥー語も話さないし。それで、インドからの独立をしたい地域なのです。




大使館なんて行くの初めてだったけど、こんな普通の旅行者でも、記名と簡単なボディーチェックだけですぐに入れた。へー
西川は緊張して、いつもだるだるのタンクトップとかなのに、今日は襟付きのシャツを着てきた






そして、窓口に並んで、ミゾラムへの旅行者の渡航が安全が聞きたいんですが(英語で)、、って言ったら、
別室に案内された。。


そして、日本人の職員の方が出てきて、

「ミゾラムへの渡航はおすすめできません。」








??







独立派と反独立派がいつも対立しているところだから、身代金目当てでの誘拐とかがないとは言えない。
そういったことがあると、大使館としても対応に困ります。
行くなら『自己責任』ということになりますね。











ええーーーーー!!









そんなこと大使館から言われたら、行けないよ・・・・・・



大使館いかなきゃよかった!!
そしたら、ミゾラムハウスで許可証とってそのまま飛行機乗ってた!!!




でも、聞いちゃったから、もうあとのまつりです。。







夕方MSに電話したら、
「Mizoram is one of the safest areas in India... I think Japanese Embassy they don’t know about Mizoram.」ってびっくりして言ってた。
あたしが本当にがっかりして、朝泣きそうだったよ、って言ったら、
「大丈夫?またnext chanceがあるよ。せっかくハネムーンなんだから、楽しんでね」って。



やざじいね

ありがとう。。。







8年ぶりの再会は、持ち越しになりそうです。


あぁ、本当に残念。








でも、ミゾラム行きは、色んな邪魔が入ったから、今回は行くなってことなのかな。
良かったのか、悪かったのか。。


インドの人

5月24日


インドではみんながだましてくる、ぼられる、声をかけてくる人はみんなうそつきと思え、そう聞いてインドにはすごく身構えて入国した。

でも、少なくとも今のところ、そんな悪い人1人も見てない。

いい人ばっかじゃん、というのが感想です。




例えば、バラナシで。
ガンガーでチャイを売ってるおばちゃん。
あたしが横の日陰に座って涼んでたら、あたしの横顔を見て「what is this?」って。
何年も前から、あたしの耳の下あたりには、にきびの痕が瘢痕(ケロイド)みたいになってるのは、みんな知ってると思うけど・・・。
薬を飲んでも、超痛い注射をしても、なかなかよくならず、徐々におっきくなっている
「acne scarなの。病院に行ってもよくならないの」って言ったら、
「オリーブオイルを塗ったら良くなるよ。オリーブオイルにあと2つ何かを混ぜるといいんだけど、何だったかな・・・??」って一生懸命考えてくれた。
もうあまり気にしないようにしてるけど、どうしても鏡を見たり写真を見たり髪の毛をアップにするときは、残念な気持ちになる。あたしにとっての弱点であるこの瘢痕。
それを自然に指摘して、しかも治療を一緒に考えてくれるその気持ちに、涙が出そうになったのでした



それから、バラナシの道は蛇のように細く曲がりくねっていて、迷路のよう。
地図を見ながらきょろきょろしてると、必ず誰かが声をかけてくれる
大体は、ローカルガイドとか申すいかがわしい人か、自分の店に案内しようとする人なんだけど、事情をちゃんと説明したら、ぼったくられることも、商品を無理やり買わされることも全然なかった
目的の場所までしっかり案内してくれて、バイバイ、って。
もしくはお店で、納得いく値段まで交渉して買ったり。


あとは、こないだも書いたボートのおっちゃんでしょ


電車やバスでも、誰かがなんかお菓子とかくれるし。





インドは、いい国だと思う

一部のリキシャーの人とかが、高いホテルとか旅行会社とかにコミッション目当てで勝手に連れてったりするから、国全体の評判が落ちて、日本人観光客はこの5年減り続けてるらしい。


同じ人間だから、話せばわかる、と今のところは思っています。
これから何があるかな??








それから、物乞いの人たち。
今までいろんな国で物乞いの人たちは見てきて、お金はあげたほうがいいのかもしれないけど、あたしはほとんどあげたことはない。

今回のインドも同じで、目が合うとやっぱりすこし気まずいけど、無視してきた。
赤ちゃんを抱っこして哺乳瓶をちらつかせながら、ミルク代がない・・・と言ってくるお母さんらしき人。
(母乳は出ないの?と思ってしまった。。)
足や手がない人。
くしゃくしゃのおばあさん。
おそらく先天的に背がすごく小さい人。


あげてもきりがない、というのもあるし、正直ちょっと怖い、というのもあった。



でも、この間、全身にぼこぼこがある女の人がいた。。
ビー玉くらいのからピンポン玉くらいの大きさまで、ほんとに全身くまなく。
なだらかな隆起じゃなくて、ほんとにちいさいボールがいっぱいついてるような感じで。
脂肪腫だろうか。。
路地を歩いて店の人に物乞いをしては追い払われていた。
差し出す手もぼこぼこ、後ろから見える首筋にもぼこぼこ。
怖くて顔は見れずに、横をすっと通り過ぎた。



その後から、あの人にお金をあげればよかった。。。ってすごく後悔した。
あたしあんなになったら生きてられない。
足や手がない方が全然いい。




同じ日の夜、バラナシの駅のホームで、びっくりするくらいやせた男の子がいた。
背は10歳くらいだったけど。
気づいたら音もなく西川に手を差し出していた。
ぎょっとして、首を振っちゃったんだけど、思い直して、追いかけてお金をあげた。
昼間見たぼこぼこの女の人にあげられなかった罪滅ぼしじゃないけど。
2ルピーコインだけだけど。
その子はお金を見ただけで、あたしの顔は一目も見なかった。
お礼とか言われると勝手に思ってたあたしは、傲慢なんだろうか。
人からもらうのが当たり前になってるから、お礼なんて言わないんだろうか。



どうしようもなさそうな人には、少しだけでもあげる、というスタンスになりそうです。

ガンガー

5月20日


朝、早起きして、ガンガー沿いをお散歩

ひたすら洗濯カースト(?)の人たちがガンガーで洗濯してる場所があって、岸にはサリーやら洋服やらシーツが一面並べられていた。
インドは原色とか模様の布が多いから、とても美しい

※今は、雨季の前で、ツーリストもあんまり来ないくらいの猛暑
昼間は暑すぎて外を歩けなくて、部屋で本やまんがを読んでるんだけど、そのかわり、洗濯した洋服が生き物みたいにすばらしい早さで乾く。



nuno1.jpg


nuno2.jpg





ちなみに、サリーってほんとにきれい。並べても着てもきれい。
オレンジとか緑とか赤とか青とか・・・

何日もサリーで行きかう女の人たちを見続けてたら、自分でもサリーが欲しくなってきちゃった。
日本の染物(しぼり染め)みたいな柄のサリーがお気に入り
結婚式ブームの今、2次会とかに着て行ってもいいものか・・・?
そしたらほんとに買いたいなぁ







夕方、西川がガンガーのほとりで散髪。自分で。

だいぶ伸びて、もっさり汚らしくなってきたのでよかった。


くしの中にかみそりが内蔵(?)されてるやつで、梳かすと髪の毛が切れる。

インド人にも青空床屋さんはいるんだけど、みんなこういうくしは見たことないみたいで、興味深そうに覗きこんでくる。

こんなかんじに。
hair cut





そんな中の1人に、おっちゃんはいた。
となりに座ってきて「wow---. Amazing!! you finish? Give me(くしを)」ってニコニコ言ってきた。


この人は、何というか、すごく気持ちのいい、尊敬できると思える人だった。

インドに限らず、「あ、この人は自分より格上だ」と素直に思える人ってなかなか会えない。
驕ってるわけじゃなくて、そういう出会い、ってそうそうあるもんじゃない。
でも、このおっちゃんは、特別な人だった。



あたしたちが、12月に結婚したばっかりだって言ったら、「まわりの人が何か言っても気にしないことだよ」って。
ほーーーんと、それに限るよね。
「3人の兄弟は結婚してるけど、自分はno wife no girfriendだ。友達がいい。いい会話をして、いい関係を作って、それで十分なんだ」って。
ガンガーに浮かべたボートの上で、夜は寝てるらしい。家もあるけど、船の上がいいんだって。夜中に停電でファン(天井についてるやつ)が止まることもないし、風は涼しいし、蚊もいないし、いいよ、って言ってた。Sky is father, ganga is motherって。


あと、あたしも西川もくちびるにほくろがあるんだけど、それはラッキーなサインなんだって
人にすごく愛されるとできるらしい
そんなこと言われたことなかったけど、うれしくなっちゃった
西川の八重歯も、ラッキーだって言ってた。ほんとか??
自分は八重歯がないんだ。。ってすんごいきれいな歯並びを見せて、少し残念そうにしてた。


非常に好感の持てるおっちゃんだったので、夜ボートに乗せてもらうことにした。1時間100ルピー。いい人すぎて、気に入っちゃって、値切る気もしなかったよ。



夕方のガンガー
ganga yuugure






そして、
夜のガンガーは、特別でありました・・・

火葬場の近く。
人が燃えている火で視界が明るい。
火は8つあった。

怖い感じはまったくしなかった。もう火葬も終わりの方で、人の形はなかったからじゃなくて。多分人型が見えてもそうだったと思う。

なんか、みんなでたき火してるみたいだった。
日本では、人を燃やしてたき火したら怒られる(2重に・・・)だろうから、もし誰かが死ぬ/自分が死んだら、遺灰の一部でもたき火に混ぜて、焼き芋でもしながら火を囲んで酒盛りでもしたい/してもらいたいものだ。


ボートのおっちゃんは、「普段、例えば日本に帰ると、お金をかせぐことばかり考えたりするだろう。でも、ここにくると、人間はみんないつか死ぬ、死なない人間なんて1人もいないって思い出だすんだ。そうすると、お金なんてすごく意味のないものに思えてくるよ」って言っていた。


人によって、燃やすのに必要な薪の量も違うんだ、って言ってたから、「ああ、big personは多いよね」ってあたしが答えたら、「rich person ;)」って。厳粛な空気の中でのそのユーモアも、つぼなのでした。






川の方から見るプージャー(夜の礼拝)も光がとてもきれいで、あたしがもし絵が描けたら絵を描いただろう。でなくても、一眼レフを持ってくればよかったなぁ、と思った(大きいカメラは目立つから強盗とか怖かったし、荷物にもなるから、日本に置いてきた)。


プージャー。ガンガーに光がうつる。
ganga evening



おっちゃんは、他のボートが進むのに邪魔になるような船には躊躇なく怒鳴り声を上げてどかせながら、いつの間にかプージャーに一番近いどまんなかの場所にボートをつけてくれた。
それで、「ここは風がなくて暑いなぁ。岸に帰りたくなったらいつでもいいよ、言って」って。




結局1時間100ルピーの約束だったけど、1時間半ボートに乗せてもらってた。
気持ちよく150ルピー払ってお別れ。
こういう風にお金を使えると、お金が意味とやさしさを持って生きた、って気持ちになれる



おっちゃん、名前聞かなかったなぁ。
バラナシのハッピーマン、あたしの友達、さよなら!!

occhan.jpg


行き先へんこう!

5月19日


MSが住んでるミゾラム州に入るには、
①そのエリアに入るための許可証と、
さらに
②外国人であるあたしたちが入るための外国人許可証
の2つがいる。
それをカルカッタで取ってから、ミゾラムに飛ぶ予定だった。


MSとも、7年ぶり?8年ぶり?に、つながるかな・・・ってどきどきしながら電話したら、ちゃんとつながった。

もうすぐ会えるね!!!だんなさんってどんな人??とかって話して。

久しぶりに声を聞いて、一緒にすごした時間なんて、7年か8年前のほんの2週間くらいだけだったのに、やっぱり特別な人だってことを自分の中で再確認して。





でもそしたら。
許可証はデリーでしか取れなくなった、ってことが夕方わかった。

え??






ちーーん




地理的には、西からデリー→バラナシ→カルカッタ→ミゾラムだから、一回デリーに行ってまた帰ってくるのはすごくめんどい。。。

でも、明日カルカッタに行って、ミゾラムハウス(許可証のオフィス)に着いてから言われるより良かったか。
そしたら、予算的・時間的にミゾラム行きは無理になってたかもしれないし。。



あー、念のために事前にミゾラムハウスに電話しといてまじよかった。。






ということで、明日のカルカッタ行きの電車はキャンセル、速攻でデリー行きの電車を21日に取りました。
バラナシにあと2日いれることになったぞ。

バラナシに引き止められたのね~~





バラナシ

5月19日


バラナシに来て、4日目。


バラナシがどんどん好きになっていきます。。





海や川、水が好きなあたし。

川(ガンジス河)があって、そこの近くの素晴らしく快適なゲストハウスに泊まってるだけで、とってもうれしい
しかも、ガンガーはただの川じゃない。
みんなうれしそうに、泳いだり、沐浴したり、お祈りしたりしてる。
あたしは、特に宗教がないので、プラス、感染症とかやっぱりこわいので、ガンガーには入らないけど、多くの人が同じ気持ちを持ってここに集まってくる、っていうことに、やはりおおきな意味・パワーを感じるなぁ。
(帰る前に、足だけ入ってみようかな・・・)






今日の朝は、ボートに乗って、ガンガーから町を見た。
定番の観光のしかただけど、ものすんごくよかった。
日の出とともにだんだん空気の色が変わって、建物や人が本当に美しかった
息を飲む、ってかんじ。

世界の中でも、ここがお気に入りの場所になることは多分間違いない。


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ガンガー沿いには、火葬場もあって、観光スポットと言ったら聞こえは悪いけど、有名な場所。
ボートからその火葬場も見て、あたしは、そこも好きだと思った。

きれいな布に包まれた遺体を、家族が板に乗せて運んでくる。
それで、最後の沐浴、として、ガンガーに浸して水をかけてあげる。
そして、みんなが囲んで見てるところで、木が組まれて遺体が燃やされる。


なんか、文字通り灰になるまで、ずっと家族と”一緒”でいいなぁ、と思った。





今まで病院で、何人も患者さんが亡くなるのを見てきたけど、ご臨終が確認されたら、点滴とか人工呼吸器とかの医療器具を外して体をきれいにするために、家族はいったん病室の外に出される。
しかもけっこう亡くなってすぐ。泣きながら家族はロビーとか待合室で待つ。

看護婦さんがきれいにしてくれたあと、また病室には戻れるけど、なんかもうその時は、その人はその人の形をしてるだけ、ってかんじがする。
離れてる間に、どっか行っちゃったみたい。

そのあとは、黒いスーツの葬儀屋さんがやってきて、ご遺体は霊安室へ運ばれる。その時はもう棺おけの中で、顔しか見えない。

火葬場でも、日本では分厚いドアを閉められて、1人で焼かれるし。




小2の時、死んだら火葬になるってことをはじめて知って、担任の先生に、「死んだら焼かれちゃうんでしょ?こわいよ。先生はこわくないの?」って聞いたことがあった。
今でも覚えてるなぁ。
そしたら先生は「大丈夫だよ、大人になったらこわくなくなるよ」って言ってたなぁ。




あたしも、ガンガーでなくてもいいから、どっかきれいな場所で、青空火葬してほしいなぁ
明るい感じがするもん。
ガンガーの火葬場を小さい頃に見てたら、もしかして、火葬がこわい、って思わなかったかもしれない。




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うん水

5月16日


夜中に起きたら、うん水様でした
こんなお水みたいのが出るの、いつぶりだろう??
お腹痛いとかじゃなくて、ただ、出る。

腸内洗浄です




今日からインド。
だけど、国内移動のバスも、強盗が乗り込んでくる、とか、5時間以上発車しない、とか色々うわさ聞いてたけど、なーーーにもなし。
むしろおとなりのピンクのサリー着たおばちゃんが、ドーナツとかスナックとかくれた
すごい身構えてたから、インドの印象逆に超よくスタートしたよ!




でもやっぱり下痢だけど

国境の町

5月15日

移動の日。ネパール・インドの国境の町、スノウリまで


何日か前まで、雪山を見てたのに、今日はもうワニがいそうな川ややしの木、サボテンを見ている・・・。

冬から夏まで駆け抜ける!!!!


ミニバスの運転手さんの運転は、正確かつ攻撃的で、超スピードなのにのんびり寝れちゃうっていう素晴らしいテクニックでした。







スノウリは、汚いどうしょうもない町、という印象。
国境の町ってやっぱりどこもそんな感じなんだろうか?
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今日でちょうど日本を出て3週間。
明日から、悪名高きインドへ。
こわいなー。

名言

5月14日

昨日と同じ、ちくさ茶房で朝ごはん。
決まった場所に通うのってすてき



ネパールの次の国、インドに向けての行動開始
バスやら電車のチケットを取り始めた。



もう7年も前になるけど、ツバルに行ったとき、現地で英語の先生をしてたインド人の女の子と、すごく仲良くなった
MSっていう名前の子(本名は長すぎるので、みんなそう呼んでるらしい)。
ミゾラム州っていう、田舎に住んでて、インドの地球の歩き方でも全く載ってない。。
そこに行ってみようと思ってる。
外国人入域制限地域だそうで、許可証がないとその地域には入れないんだって。
MSがいなかったら、ぜっったい行ってない場所だよ。

待っててねー!
会えるの楽しみにしてる








あと、今日は下山して初めて、やっと日本食を食べた。
実際下りてきてみると、あんまり日本食に飢えてなかったりして・・・。
でも、からあげ定食としょうが焼き定食とかつどん、おいしかった
セットで付いてきたみそ汁を見て西川が言った一言









「みその動きを見てるだけで癒される」








(わかる??みそ汁ってしばらく置いとくと、みそが煙みたいに動くじゃん?)




名言。

洋服

旅の間のあたしの格好。カトマンズのチョーク(買い物するところ)にて。
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髪の毛は、自分では短いほうが似合うと思ってるけど、旅行中はドライヤーとかも持ち歩いてないし、セットできないなら結んだほうが楽そうだから、伸ばしている。
旅から帰ってきて、すごい長くなってたら、いかにも長期旅行行ってましたー、ってかんじでいいかな、とも思って。実際トレッキング行ったらなんかすごい伸びた気がする。生命力・・・

結ぶだけだとさみしいし、つくしになるから、スカーフを巻いています。


コンタクトは30日分のワンデーしか持ってこなかったから、超勝負日しかコンタクトはしない!
今までずっとめがね。
これも、旅行の前に作ったんだー。UVカット入り、ちょっと色入り、上も見やすいように少し大きめの、薄くて丈夫なレンズ
気に入ってる。西川にも評判良い。



なんかTシャツは、日本でもあんまり着てない。夏もタンクトップかキャミにカーディガンっていうのが多い。
今回の旅行もそんな感じ。
カーディガンのかわりにバリで買ったストールを使ってることが多い。
おっきいストールは、汗も拭けるし、あたまにも巻けるし、シーツやブランケットにもなるし、とっても便利。もう一枚どっかで買おうかなぁ。


下はだぼだぼのズボンが多い。


足は、ビーサンかビルケン。ビルケンは、足になじみすぎですごくいいんだけど、地面が汚いところだと(うんこが落ちてたり)、もったいなくてはけない。
長距離移動の時は荷物を減らすために山靴をはくけど、ほとんど夏のところばっかり行くから、暑い暑い・・・


バッグは、なんかずーーーっと持ってるColemanのヒップバック。
Colemanってなんかださいイメージだけど、使い勝手が良くて、結局これにしちゃった。全然おしゃれじゃない。

ユーロ

5月13日


朝は日課となりつつある洗濯。山では同じ服着っぱなしだったし。。
そして、自分の手で石鹸で服を洗うのって、すごくきもちいいの



朝ごはんは、とても感じのいいカフェに行った。
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そして今日は1日ホテルの部屋でネットに明け暮れる。
WiFiの電波がいいスポットに、机といすを移動して、ひたすらブログの執筆。
岡原先生です







夜中すぎ、西川が眠れない、ってもぞもぞ起きてきて、イタリアの地球の歩き方を読んだりしてたら、今ユーロっていくらなんだろうね?って話になった。

ネットで見てみたら、117円!?

超安くない???ドルじゃん。
ギリシャのせい、というかおかげか。



お告げのような感じで、そのままユーロをオンラインで買いました
このままユーロ安なら夏ヨーロッパ行ったときに助かるし、また上がっちゃったら、ユーロを売ればいいし。


どうなるかなー??

再びカトマンズへ

5月12日


朝起きて、トイレに行ったら、生理になった。。
けっこう遅れたなぁ。
やっぱりトレッキング中は、過酷すぎて女性ホルモン出してる余裕なかったかー。



今日は朝一の飛行機で、ルクラからカトマンズに帰る。
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トレッキング中は、同じようなメンツに抜かされたり抜いたりしてるから、なんか小さい飛行場に顔見知りがたくさんいて、面白かった
みんなで帰るぞー、って思ってたら、あたしたち2人だけ、あとの2番の飛行機ね、って言われて、しょぼん。。



なんか、飛行機に乗る前って、一緒に乗る人を見て、
「この人なら大丈夫そう、むこうの空港に着いていぇーい、とかやってる陽気な姿が想像できる!」って人を探して、そのフライトの安全度を自分に納得させるんだけど、今日は急にメンバーが変わっちゃって、パンチのある人がいなくなっちゃったから、怖くなっちゃった。。
席もプロペラの真横になっちゃったから、もうこのプロペラがとれて飛んできたら、あたしに刺さって死ぬ・・・とか思って。






でも離陸の時は思わず、わーー、って声を上げてしまった
ルクラの空港は、滑走路が坂になってて、離陸の時は、下り坂をぐぃーーって下がって、滑走路がなくなる直前で浮き上がるの。
急に地面がなくなって、はるか下に山や谷が見えて、自分で飛んだ、みたいな気がした。


西川は、このフライトがあまりに良くて、自分はパイロットになりたかったことに気づいたらしい。
今回はとりあえず鍼師で頑張ることに決めたからいいけど、次回はパイロットになることにしたらしい。




2週間ぶりのカトマンズは、なんだか前より少し居心地が良く感じる。
お香でいいにおいするし、物があふれてるし、物価はまた地上値段で超安くて、ATMですぐお金は手に入るし、興奮するーーー
やっぱ東京育ちだね。




今日カトマンズであったいいこと;
・やっぱり食事は安くて量もいっぱいでおいしい
・韓国料理屋も行って、もちもちしたお米を久しぶりに食べた
・宿でWiFiがつながった!(PCは持って来てたんだけど、WiFiが何かすら今までわかってなかった)
・古本屋さんで買った「パパはごきげんななめ」という本が、超面白くてヒットだった





でもそのあとに立て続けにがっかりするような悪いことが起こった。。
細かく書かないけど。



今思い出して見れば、悪いことなんてどうでもいいようなことばっかりなんだけど、それに取り憑かれて、そればっかりに頭が行っちゃって、すごく悲しくなって、夜ぶっこわれてしまった。

あたしはものすごい完璧主義者で、そのせいで今までに痛い目に何度もあってるのに、なかなか直せないものだなぁ。

エベトレ13 最後の日~!

5月11日


今日でほんとに最終日!!
出発地、ルクラまで戻るだけだから、と思って、遅めに起きた。

それでも体がすっごい重くて、なかなかベッドから出れなくて。やっぱり疲れがずどーーーん、と溜まってるんだね。下がってきて、気が抜けた、っていうのもあるんだろうな。ずっと寝てられそうだった。

でも、がんばって起きて、朝ごはん。
元気出そうと、朝からアップルパイとピザ食べたら、胃もたれして頭も痛くなった。。






なんだか今日は日本の山を歩いてるみたいだった
木々もみどみどしてて、暑くて、セミの鳴き声が聞こえたら、もうあっという間に心は日本の夏だったよ
なんか、トレイルも、どっかの秘密の海岸に続く道みたいに思えた
やっぱ夏は海がないとねーー



ルクラに着いて、また西川にマッサージしてもらって、夜ご飯食べたら、またうん様がいらした。
トレッキングが始まってから、ちゃんとしたの2回目。
3食食べてたのにみんなどこいったの??







あーーー、なーーんか、終わったんだなぁ、ぽけーーーー。
もう明日から階段とか坂とか登らなくていいのかー。
シャワーも、昨日入ったから今日は入んなくていいや、とか思ってるけど、これから毎日入ってもいいのか・・・。
ちょっとめんどくさいな。。




あ、あと、ルクラの本屋さんに、西川がトレッキングの本もういらないから、って売ったら、450ルピーになった!
旅行中はお金が減る一方だから、本がお金に換わって、なんかすごい興奮してしまった。。
日本円にしたら600円くらい。なかなかいい金額だ。

エベトレ12

5月10日


昨日の夜は、すごくあったかくて、ロンTに薄いダウン着てシュラフ(寝袋)とお布団を体にかけただけで眠れたよー
標高高いところにいたときは、ロンT、フリース、薄いダウン、厚いダウンを着て、寝袋に包まって、さらに布団があるところでは布団をかけても、なおまだ足先とかが超冷たくて、寝付くまですりすり動いてたのに。


また来年の夏、燕の山小屋で会うことを約束して、アンディーの宿を出た。
もしナムチェに行くことがあったら、アンディーがいる、A.D. Friendship lodgeにみんな泊まってね。気配りがあって、すっごく落ち着くとこだから
宣伝宣伝。



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今日のトレッキングはもう完全に森の中、ってかんじ。
木の間から木漏れ日がさして、ピクニックのようでした。



てくてくてく…
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あー、行きに、ここで学校に行く子供たちとすれ違ったなぁ、とか、ここで休憩してポーターの子たちとしゃべったなぁ、とか、昔のことみたいに思い出す。


こんなに下っちゃったら帰りにまた登るの大変だなぁ・・・って思った階段とかも、意外にすんなり登れる。
やはり5000m帰りの体は違うのだ!
超人!!






今日は、約2週間ぶりに、シャワーを浴びた・・・
もうあと1日だし、奮発してシャワー付の部屋にした。


髪の毛は2回洗ったけどあんまり泡立たなくて、あきらめた。。
水が貴重な場所だから、そんなにたくさん水使えないし。
でもそしたら抜け毛が半端なかった
普通にしてても1日100本くらい抜けるらしいけど、ずっと帽子かぶったり結んだりしてただけでとかしてないから、一気に抜けた。1000本くらい抜けた気がする。。
おそろしい。てか、きたない。

2週間ぶりに服脱いで自分の体も見たけど、お腹が引き締まってへこんで、太腿も細くなってた。
毎日あれだけ有酸素運動すればねー。


セルライトは普通に運動しただけじゃ燃えないらしいこわしてからじゃないと
あー、もったいないことした
夏にまたビッグなトレッキングがあるから、その時は、もんでもらってから行ったらすごいかな??









エベトレ11 ごほうびday

5月9日


今日は朝からすごくいい天気
神様からのごほうびdayでした



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宿には朝ごはん代すら払いたくなかったから(まだ怒ってる)、ミルクティーだけ飲んで、6:30には出発。

いったん谷底の川まで下がってそっからもう一回300mくらい上がって(きつかったけど、カラ・パタールの時に比べたら全然!)、上がりきったところのMongっていう小さい村で朝ごはんにした。
村って言っても、ロッジが数軒あるだけのところだったんだけど、ここは素晴らしかった。
かわいらしい場所で、景色はそれに似合わないくらいでっかくて美しい・・・。空は真っ青。


もしまたエベレスト街道に来ることがあったら、カラ・パタールもいいけど、もっと緑があるぐらいの標高で、かわいい村ばっかり泊まって、天気のいい日にきれいな風景をたくさん見たいな






本当に、今日があたしの中で一番いい1日だったかもしれない




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太陽が少し雲に隠れると、山々が悲しいくらい美しくて、
ナウシカの、♪ランラン ランララ ランランラン ってやつを歌いたくなる
太陽がぱぁっと射すと、今度は堂々とした文句なしの絶景、って感じで、
ジュディマリの「自転車」とかを歌いたくなる

標高も下がってきてるから、あったかくて、太陽に照らされて乾いた土のにおいがする。



なんて平和な風景・・・
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午後になると時間とともに霧がかかってきちゃったけど、ナムチェを上から見下ろせるところまできたら、霧がふぁーーーって流れてて、空中都市みたいで、宮崎駿の映画に出てきそうだった。
ロマンチック・・・ここもマチュピチュみたいに、500年後とかは遺跡で発見されたりして・・・とか考えてうっとりしてたら、西川に「石づくりじゃないから残らないんじゃない?」と水を差されました



空中都市、ナムチェ。
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ほんとに楽しい1日だった。
何よりもう、知ってるところまで下りてきたし、ほとんど終わった気になってるから、すごく気持ちが楽。
アンディーの宿で日本人のトレッカーの人に会ってお話したりして、へろへろ過ごしました



今の楽しみはなんていっても、カトマンズに帰ってからの日本食レストランと、露天風呂!!(←日本人オーナーがやってるとこがあるらしいのだ)。
持ってきた地球の歩きかたネパールを、なめるように西川が見ています

エベトレ10

5月8日

今日は、行きとは違うルートで下りてきた。
昨日宿で会ったガイドさんにオススメされた道
同じ道をまた通るのはつまんないからよかったんだけど、すんごい長かったー。。
9時間くらい歩きました


はじめは天気良くて、ナウシカの風の谷みたいなところとかあって(ペリチェ4252mってところだった)、下りだし息もあがらず、いやっほーい、って感じだったんだけど、途中からまたずっと霧・・・。


ペリチェ。西川のお気に入りの場所。
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このトレイルは、天気が良かったら、山もばーーん、と見えて、野生動物もたくさん見れるよ、ってガイドさんに言われてたから、ちょっと残念だった。
でも、すごくワイルドなトレイルで、気に入ったな。
他のトレッカーもほとんどいなくて、2人すれ違うのは怖いくらいの細い道。
片側は崖
上も下も霧だから、雲の上を歩いてるような感じだった。
映画「Lovely Bone」で、女の子が逃げる霧の中、みたいなかんじ?




途中で、崖をぴょんっとよじ登るmusk deer(鹿)や、逃げたヤクを斜面を走って追いかける女の子に遭遇。薪を山ほどしょった、歯抜けのおばあちゃんにも会った。


おばあちゃんうしろ姿
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それ以外はずっとうちら2人だけで、まだフレッシュなヤクのうんこや、トレッカーのストックの跡を見つけては、自分たちだけじゃない!、とパワーをもらっていました。

あと、たまに霧がふわ、って晴れて、「ほーーーら」って感じで遠くの町が見えたり。





もう夕方4時を回ってから、フォルツェっていう町に近づいて、犬の鳴き声とかヤクの鈴の音とか、人の叫び声が聞こえてきた時、すごくほっとした。。
やっぱりちょっと怖かったみたい。





今日はたくさん歩いてすごく頑張ったから、奮発して夜ご飯にフレンチトーストをつけよう!とほくほくしながら、宿を選んだ。トトロの木みたいのが近くにある、かわいらしいところに決めた。








が、部屋に着いたら、となりの部屋で外人がやってる。
しかもその外人の男の方が、笑い方とかなんかすげーイラっとする。
フレンチトースト頼んだら、今トースト切らしてて、ない、って言われる。
ソーセージチーズパスタ(←しばらく肉を食べてなかったからご馳走)頼んだら、勝手にトマトソースチーズパスタが出てきて、おかしいな、ソーセージないな、と思って言ったら、ソーセージ切らしてたから、トマトソースにした、OK?、の繰り返し。しかもソーセージの方は260ルピーなのに、ミートソースの方は270ルピーだから、270ルピーね、って言われた!!







まじむかつくーーー!!!!
たいして美味しくないから、ケチャップつけて食べたんだぞ!!!!
絶対260ルピーしか払わない!って怒った



トレッキングにおいて、食事がどれだけ心のウェイトを占めてるのかわかってんのかーーー!!?
お金もらってるなら、どんなへぼいロッジでも、責任を持ってやれ、それが仕事だろう!!




なんだかすごーく落ち込んで、嫌な気持ちになって、寝たのでした

ちなみに、ロッジは、Phortse(フォルツェ)にある、Sonam Lodgeってとこです。
名前出しちゃう!

エベトレ9 何かに似ている・・・

5月7日

ごめんね、ありがとう(涙)の1日。

朝起きようと思ったら、すごい頭痛。
もうこのまま起き上がれないんじゃないか、このままここで死ぬのかな・・・、くらいの。

昨日はカラ・パタール行ったから、今日はエベレストベースキャンプ(EBC)まで足を伸ばして、って思ってたけど、EBCまでなんてとても行ける状態じゃない。一刻も早く低いところに下りたい。



でも、せっかくここまで来て、ベースキャンプ行けないなんて。。
しかも、今日はピーカン
超登山日和。
昨日じゃなくて今日カラ・パタール登ったら、さぞかしすごかっただろう・・・


西川に悪くて、ごめんね泣き
1人で行ってきていいよ、って言ったけど、
「一緒に下りるよ」、って。

あたしが嫌なことはひとつも言わない。

「ここまでおかしょうが頑張るとは正直思ってなかったから、これで十分満足だよ」
「もう登りたくない、とか一言も言わなくてえらかったね」
って。



西川が持ってきてくれた紅茶とりんごを少しかじって、ロキソニン飲む。

少し頭痛が良くなってきたから、外に出てみる。
あぁ、ほんとにいい天気。




それでがんばって、ベースキャンプは遠いからやっぱり無理だけど、カラ・パタールの途中、半分くらいまで登った。













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あぁ、これを見に、ずーーーっと歩いて来たんだ。って納得した。
堂々たる姿だ。
輝いてた。


前にも書いたけど、体調と天気がぴったりそろってないと見られない光景、ってあるんだなぁ。




頑張れば、なんとかなるもんだけど、最後は運、っていう、これは何かに似てるな・・・・。
何か、というか・・・。



そして、後ろ髪引かれながら、山たちにお別れする。
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下りは、一歩一歩が頭にひびいてつらかった。
超スロー。
ロキソニン計3T飲んだけど、寒さでキンキンしてたのもあってか、あまり効かなかった



今日の宿について、放心状態のあたしを、西川が着替えさせてくれた。
「よく頑張ったね、えらかったよ、ありがとう。」って。

なんだか出産のあとのねぎらいの言葉のようなのでした・・・。

エベトレ8 カラ・パタール

5月6日


今日も朝から霧・雪だった
頭痛かったから、ロキソニン1T

でも、比較的なだらかな道が多くて、けっこう楽に行けた。
途中1ヶ所、「直登!」(回り道したりスイッチバックしたりしないで、坂をまっすぐ上がるところ)みたいなとこがあって、あたし直登好きかも。
疲れるけど、一気に高さが稼げるし、ぐんぐん上がっていく感じが良い



実は今日泊まるゴラクシップが、このトレッキングで一番標高が高いお宿。5000m超えてる。
ここから、ゴールのカラ・パタール(5550m)にアタックするのだ!!


ゴラクシップ。もう人が住める環境じゃない。
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天気が良くて、しかも体調もいい、っていうタイミングが合わないと、カラ・パタールからエベレストは見れない。
ゴラクシップに到着した時点で、半分くらい青空が見えてたから、宿におっきい荷物は置いて、カラ・パタールに登ることに決めた。



ここは昔、湖だったらしい。左に見える山を登るのだ。
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さあ、こっから登りはじめます!!
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つかれた西川。休憩~
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うしろに見えるのがカラ・パタール。ここからがなかなか近づかない・・・
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1歩出して吸う、次の1歩ではく、って力いっぱい深呼吸しながらじゃないと、進めない。
大きな段差を上がったり、水を飲んだり、つまづいたりして、すこしでも深呼吸のリズムがくずれると、窒息しそうになるから、あわてて息を吸う。
直登チックだったから、どんどん高くなって、下にいる人やヤクがちっさくなる。頭も痛くなってくる。
多分、明日いい天気でも、もう1回これは無理だ・・・と思いながら登った。













そして・・・
















着きました!!やりました!!!
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ぐえぇぇぇーーーー

きつかった~~

超タフだった~~~







登りがハードすぎて、カラ・パタール頂上の印象が実はあんまりない・・・
今までたくさん山を見ながら登ってきたから、特に「エベレスト」にこだわらない、っていうか、エベレストが見えても、そこまで感動しなかったかも
1つだけ全然色が違う、とか、20000mある、とかだったらびっくりするけど


でも、頂上で残ってたプリングルスを完食して、成田空港で買ったかぼちゃかりんとうもかなり食べてやった。
今回の一番高いところだもんね!!



登りは3時間かかったけど、下りは40分で下りてきた。
下りてきてもまぁまだ5000m以上あるわけだけど、それでも、地に足が着くところに下りてきた~、って感じがして安心したよ。

エベトレ7 ムーピー

5月4日

ディンボチェは標高4350m。
またどーんと高くなったので、高地順応のためにもう1泊する。


今日は登らなくっていいので、ふらふらその辺をお散歩。
白いパウダースノーをかぶった山がどんどん回りに出てきた。

おいしそう。べろり~。
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風さえなければ、牧歌的で平和な風景なんだけど、風が冷たかったから、大きな岩のかげでヤクのうんこを近くに感じながら、充電残り少なくなってきたipodを2人で一緒に聞く。
2本イヤホンが挿せるように「ハブ」なるものを使って。
西川が出発直前に買ってきてくれたんだけど、けっこういいね。


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1曲目はあたし。長渕剛「乾杯」。
2曲目3曲目は西川。
YEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly」と大黒摩希「あなただけ見つめてる」、でしたー。

懐メロばっか。
やっぱ懐メロいいねー。

音楽は、その場の雰囲気を一瞬で変える。
乾杯は、山がすごくしぶくかっこよく見えたし、スワロウテイルはなんか不思議な場所にいるような気がした。
あなただけ~は歌詞が怖すぎて、聞き入ってしまった。。



すごいどうでもいい話なんだけど、ハブを使って、自分のipodの曲を聞かせあうって、手塚治虫の火の鳥のムーピーみたいじゃない??
ピンクのババロアみたいなやつで、夢を見させてくれるやつ。500年くらい生きられるやつ。
わかる人いますか?





お金がもうあまりないことに気づく
来る前にカトマンズでたくさんATMからおろしてきたんだけど、山での物価がここまで高くなるとは思ってなかったからなぁ。。
食べ物とか清潔さとか、必要最低限なのに足りないものが出てくると、心の大事な部屋が狭くなっちゃうなぁ。それでイライラしたり。

カトマンズ帰ったら、たくさん食べたいな。
昨日くらいから今一番食べたいものは、すきやきに入ってる、味が超しみたしらたき!それを白いごはんにかけて食べたいなー…。
ちなみに西川が今一番食べたいものは、焼き魚に塩、と白いごはんだって。
あーん、カマとかいいな~。
山来てから魚食べてないよ


今日もまたうん様にお会いできた。
3日ぶりの対面。
でも、3食ちゃんと食べてるのに、どこ行ったんだろ??
お腹はぺったんこだぞ。もれなくエネルギーになってるのか

エベトレ6 タンボチェ→ディンボチェ

5月3日

晴れ
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気に入ってる写真
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今日もまた、ここは天国?それとも夢見てるのかな??って感じのしゃくなげに囲まれた道をずっと歩いて、午前中は素晴らしいトレッキングだった。
西川も早くも、今回の旅行のハイライトはこれなんじゃないか...これ以上のものが現れると思えないなぁ、と言っていたし。


ほんとにずっとこんな道。卒業式のアーチみたいな。
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西川。サングラスはユニクロです。あほっぽくて好き。
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でも、標高が高くなってきたせいか、けっこうすぐ疲れちゃって、後半はしんどかった。
だって、途中からあられ降るし。雪も降るし。
無言で歩きました。


てくてくてく…
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はじめは良かったんだけどね
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西川が後ろを歩くとこういう写真がいっぱいできる
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はい、雪ー。行軍のようでした。
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ディンボチェに着いて、宿選びをする心の余裕もなく、一番近いところに入ってお茶を飲んでたら、日本人とイギリス人のトレッカー2人組一緒になった。確か今朝も同じ宿で朝ごはん食べてたなぁ。ぐうぜんだ

エベトレ5 天国

5月2日

今日は1日なんだか頭が痛くて、イライラしていた
朝起きた時は超元気で、おっきい皿いっぱいのゆでたじゃがいもを、夫婦でむさぼり食ってから出発したのになぁ。。



ようするに、途中で西川にやつ当たりして、けんかしたわけです。


その怒りパワーで600mの上がりを2時間で登った



空に続きそうな階段
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でも、今日のゴール、タンボチェ(3860m)というところに着いたら、そこは天国でした
きれいな門があって、怒ったままでは入れてもらえなそうな雰囲気だったので、別々に登ってた西川のとこに行って謝りました。


ごめんなさい。




タンボチェは、大きな広場の一画にチベットの大きなお寺(ゴンパっていう)があって、その周りにロッジが数軒建っている。



ゴンパの門。上の鹿がお気に入り。
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ヤクが草を食べてる向こうには、しゃくなげの花がいっせいに咲いていて、今にも悟りを開いたブッダがにこにこ微笑みながら出てきそうだった。

あいにく少し霧がかかっていて今日は寒いけど、ぽかぽか陽気だったら、昇天しちゃいそう。
てか、ここがほんとに天国だったら、死んだあともとても幸せそう
なんか、1つ上のランクの世界に来た、って感じだわ...


夕暮れのタンボチェ。
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今日の夜ごはん。
山にいる時って、ご飯は一大イベントなのに、これは味付け塩コショウ絶対いれすぎただろ
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今日のお部屋。お部屋はだいたいいつもこんな感じ。ベッドだけ。一泊300円しない。
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エベトレ4 日本食

5月1日

朝は頭痛
やっぱり。。

でも熱は幸いなくて、もしかして1日遅れの高山病?!ってびびったけど、アンディーに聞いたら、来て2日目でなることはないらしい。
よかった~。


高山病に超びびってるあたし
だって、悪化したらもう打つ手はなくて下山するしかない、とか、死ぬ場合もある、とか怖すぎる。。
できることは、とにかく水をたくさん飲むこと!
(酸素が少なくて呼吸が早くなるから、呼気の水蒸気で体の水分が失われて脱水になりやすいのです


今日は比較的元気になってきた西川が、部屋でマッサージをしてくれる。
にこにこやさしい
あたしがあまりに怠惰だから、紅茶をスプーンですくって口に入れてくれる。
介護ごっこです
案外介護楽しいかもー。
でも、西川が先に死にたいらしいから、介護ごっこ逆か。。あたしにできるだろうか?



アンディーに、部屋で寝てないで、少しスープでも飲んで、外の風に当たったほうがいいよ、て言われてその通りにしたら、ほんとに調子よくなってきた。
アンディー、ネパールのパパだわ
ありがとう。



山は物価が高いからって言って、カトマンズから持ってきた食パンには見切りをつけて、食事はしっかり取ろう!という意見で、西川と合意

ちなみに、1ルピーが1.4円くらいなんだけど、
物価高騰の例を挙げると、
地上ではミネラルウォーター1本10ルピーなのが、山では250ルピー、
スニッカーズ60ルピー→200ルピー、
トイレットペーパー1ロール15ルピー一200ルピー
定食(ダルバートっていう)80~120ルピー→450ルピー

とかそんな感じ。


しかし、食費をけちって、健康を損なっては元も子もない!!

よって、今日は朝から、りんご・ゆで卵・ラーメン・ゆでたじゃがいも・ピザ・アップルパイを食べた。
しかも、トレッキング中の行動食として、プリングルスも購入!クリームサワー味。これはかなりのご馳走である。



夜ご飯はアンディーが気を利かせて、特別にJapanese setなるものを作ってくれた。
ごはん、そうめん、オクラのゴマ和え、ねぎ入り納豆、おひたし、韓国海苔、みそ汁、緑茶。


昇天




あたしは日本にいるときから、朝はいつもパン食だし、日本食にそんなにこだわりもないと思ってたけど、こんなに日本食を体が欲していたとは...


お腹と気持ちがすごーーーい落ち着いた。
4日間隠居していたうん様も出ていらした。(普段快便なのでこれは異例の事態だった)



よーーーし、あしたは出発できそうだい



アンディーの姪っ子。サービスショット。
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エベレスト街道トレッキング3

4月30日

朝起きたら西川が38.5℃の熱。。
頭痛もする、って。


宿で日本茶や白湯もらって、日本の薬も出してもらったりして、すごくよくしてもらった。
ありがとうアンディー。
アンディーのとこに来た意味はこれか…?
辛そうだったので、あたしが持ってきたロキソニンも1T内服。


横たわるだんなさま。
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もともと高地順応のためにナムチェには2泊する予定だったから、今日は1日フリーな日。
そしてあたしは元気
なので、寝てる西川を部屋に置いて(もちろん了承を得て)、「悪い奥さんかな…」と少し罪悪感を感じつつ、お散歩へ。

ナムチェの上の方に少し登ってみたら、view pointからエベレストがちらり。。
すごいなぁ。
地球のてっぺんか。やっぱり少し感動。
もっと近づいてみたいな。
南極とか宇宙だってお金を出せばなんとか行けるこの時代に、
自分の足で歩いてしか行けない場所があるなんてなんだか不思議。。


それから次は、町の下の方へ下りてみた。
歩いてたらどっからか
「sushiー、すしーーー!!」って声がした。
ネパール人のおばちゃんに「they’re calling your name.」って言われたから
(違うけどね。。)と思いながら行ってみたら、
昨日登りの途中で会って、「I saw “departure”(おくりびと). It was a beautiful movie.」って言ってくれた人たちがいた。

カザフスタン人とロシア人の3人。
ロシア語圏の人たちの英語は、Rが巻き舌だからすぐわかる。昔のロシア人のバレエの先生を思い出す。



英語あんまり通じないけど、超陽気な人たち。
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日本のこと色々聞かれて、アップルパイや紅茶をおごってもらいながら、1時間半くらいお話しちゃった。


「日本って酸素バーがあるんでしょ?!!料金ってどのくらいなの??」
まずそこから?!
酸素にも色んなフレーバーがあることを教えたら大うけしてた。
あたしは吸ったことないけど、どうなのかな??
確かに、3000m以上のとこにいる今、関東平野にある酸素バーを思うと、すごく意味ないような気はするけど。。


「日本人の定年と平均寿命ってどのくらい??!」
定年が65歳で、平均寿命は男が80代前半、女が後半だよ、って教えたら、
ロシアは定年は同じ60~65歳なのに、平均寿命も60代らしい。
それって、一生現役だね。。
しかもそれなのに、政府が定年を引き上げようとしてるらしい。。


「日本の家賃と月収はどれくらい??」
あたしの場合、で答えたら、これはだいだい同じくらいらしい。
ただし、日本人の労働時間にはまた大うけしていた。。
仕事やめて来ました!ってあたしたちが言うと、あぁ日本人は働きすぎだからねー、って他の外人にもよく言われたなあ。。

「産休ってあるの?」
あるはあるけど、ほとんど無給だし、復帰が難しくなるケースも多いよ、って言ったら、
今度は憐れみの目でoh my god.. crazy....
と言われた。
ロシアは産休+育休で3年間、しかも有給(まぁ30%とからしいけど)なんだって。
すごいなぁ。うらやましいなぁ。。
でも寿命60代か。。うーーーん。


ロシア人とかなかなか触れ合わないし、カザフスタンにいたっては国民に会うのすら初めてだったけど、
みんないい人達だった。
ロシア料理には、辛い、という概念がないらしく、ネパール・チベット料理は苦手で、トレッキング始まってからは、ゆでたじゃがいもとゆで卵しか食べれてないんだってー。
かわいそうだけど、なんか大の大人がかわいいね。



みんなにお別れして、午後は宿でアンディーがかけてくれたBEGINを聞く。
ヒマラヤの山の中で聞く、涙そうそうや島人ぬ宝。。。
時間がとまって、どこにいるのかわからなくなる。

なんか「いい人間」になれそうな曲達だなぁ。
BEGIN好きになっちゃうなぁ。。




しかし夜になるに従って、あたしも体調ダウン。
昨日の西川と同じ症状だ。。
今度はあたしが西川に布団を借りて寝ましたとさ。

エベレスト街道トレッキング2

4月29日

今日はきつかったーーー
パクディン(2610m)からナムチェ(3440m)まで8時間くらい歩いた。。

でも昨日の
「もうだめだ、死ぬ前ってこんな感じかもしれない。もう俺のことはいい、置いていってくれ。。」みたいな感じじゃなくて、立ち止まって休めばちゃんと回復する、sustainableな登りでした

おじいちゃんも含む他のトレッカーみんなに抜かれる、すーーーごくゆっくりなあたしに、西川はヤクを追う人みたいに辛抱強くついてきてくれた。
あたしも自分で自分に「ハイッ、ハイッ」って声をかけながら1歩ずつ登って、ヤクだった。


あ…?

ヤク→→→ヤックル??!!






ちなみに、山での西川は、超A級である
やさしいし、すごく気遣ってくれる、でも無駄口は言わない




途中つり橋がいくつもあった。
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とてもでかい町、ナムチェ。高度は3440mもある。
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今朝会ったポーターの男の子にたまたま勧められた宿に行ったら、なんと去年順天堂の燕岳診療所に行ったときに山小屋で働いてたネパール人のおっさん、アンディーがやってる宿だった。。
うそでしょ。。
2人の人間が地球上でこんなピンポイントで再会することってあるの??


でも、ある。
こういうことってたまーにだけど、ある。



もし去年の日食の日、燕に登ってなかったら、
もしパクディンのポーターの子が今朝あたしたちに話しかけてこなかったら、
もし探すのがめんどくさくて数ある他の手近な宿に行っちゃってたら
もしアンディーが山に行っててナムチェに居なかったら、


すごく細いはしごの一段でも踏み外していたら、絶対実現しなかったことが、
想像を超えて、軽々と実った。



アンディーと西川。英語では敏弘だからtoshiという
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アンディーもあたしのこと覚えててくれて、色々話せたし、
夜ご飯のあと、西川はすごい寒気がして、下痢して、吐き気もあって、
万が一に備えてベッドサイドにそばに置いて寝たの。
そしたら、次の日の朝。。。

エベレスト街道トレッキング1

4月28日

朝4時半に起きて、なんだかうすら気持ち悪い。。

盛大に、おぇーー、って感じじゃないけど、まさに「うすら」気持ち悪い
カトマンズの空気にやられたか。
西川も「たばこ吸うよりも寿命縮まりそう」って言ってた。



今日からはやくも旅行の1大イベント、ヒマラヤエベレスト街道トレッキングだから、
カトマンズの空港まで移動して、6時半の便でルクラまで飛ぶ
一人だったら、気持ち悪くて動けなくて、きっと行けなかったな。



ここから約2週間のトレッキングのはじまり。
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ルクラ(2840m)に着いて、しばらくは大丈夫だったけど、
やっぱりだんだんふらふらになってきて、宿までが思い出せないくらい。。
お昼食べたところでも、西川にひざ枕してもらって寝ちゃったし。



でも、へろへろ歩きながら視界の端に映ってた風景は、
いかにも風光明媚で、ここは多分素晴らしい場所だよ(味わえる余裕があれば。。)
ただ単にさらっと美しいんじゃなくて、なんかぷりぷりっと栄養たっぷりで美味しそうな風景なのです。


ヤクと西川
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岩にたくさんお経が彫ってある。チベット仏教の影響。
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途中でとおった村
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しかし、パクディン(2610m)の宿に着いても、体にも全く力が入らなくて、
高山病か…?!って頭をよぎってこわかった。

来た分だけ戻らなきゃいけない。。
奥のほうで倒れるほど、帰りはやばい。。。

でもそしたら西川が超やさしくて、
「おかしょうは1人じゃないよ」とか、
「航空会社に連絡して、帰りをもっと遅くしてもらえば、レストしながら行けるよ」
とか言ってくれた。

しかも、たくさんつぼもしてくれて、そのあと夜ご飯を軽く食べて、他のトレッカーと話してたら、気持ち悪いのはなくなってた。



愛とスマイルがあなたを癒します。

これはハネムーンである

4月27日

9時過ぎに起きて、食パン買いに行く。

途中で加瀬と出会う
さらに道ばたで楽器を弾いてる人とも合流して、朝からコンサートを聞かせてもらう。
一緒に踊って楽しかった。
踊りはいいなぁ。。
今回はバレエシューズを持ってきてるんだけど、これから先どっかの国で舞うことはあるかなぁ



しかし、帰ってから早速、西川とディスカッションが行われる。
結論は
「2人がお互い楽しいと思うところに別々に行けばいいんじゃない。」
「なぜならこれはハネムーンである。」




そして昼寝。
なんでこんなに寝れるんだろう?
体が慣れていく段階?




夜は加瀬と一緒にチベタンごはん。
西川先輩といるあたしへの接し方なども含めて、加瀬は一回り大きくなったなぁ。
あたしが加瀬のすごい面を見てなかったのかもしれないけど、
仏教のことも色んな難しい単語を巧みに使いながら話していて、あたしのまったく知らない加瀬であった。

加瀬みたいな刺客が旅の途中でたまに現れてくれるといいなぁ。
ありがとう。

加瀬、きょうこさん、西川、あたし
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カトマンズ2日目

4月26日

朝起きたら、背中が甲羅。
長距離フライトはやっぱり疲れるぜ。。



今日はカトマンズの町をうろうろしてみた。
暑い中歩いて、色々売ってるマーケットぽいところや、公園とかに行ってみたんだけど、


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「何も特に感じないね。。」

と西川と。



うーーん、やっぱり普段都会に住んでるから、外国の(しかも汚い)都会にきてもあまり感慨がないんだろうか。。



ネパールの料理を食べて、ゴミまじりの空気を吸って(排気ガスで大気汚染まじやばい)、サンダルの足を黒くしながら歩いていくうちに、ゆっくりゆっくり体が慣れてしみこんでいくんだろうかなぁ。



くじら旅行は、劇的にスタートした!!!
というよりも、ゆっくりのっしり動き出したってかんじである



超観光チック
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夜は、探検部の後輩の加瀬を町で発見してお話しする。
もともといるのは知ってたんだけど、知らないところで知ってる人に会えるとテンションあがる


加瀬は仏教の修行に来てて、同じ宿の人も交えて、自然とその話になる。

あたしには特に信仰心がないこと、修行の話とか聞いて「すごいな」とは思っても多分あたしはしないだろうな、っていう少し引いた気持ちがあることで、後ろめたいような思いがあったけど、自分なりの方法で心理に近づけばいいっていうことがわかって、その場にいてもいいんだと思えた。

「人間が幸せになるために、必ずしも宗教は必要ではない」
「信じるだけではだめ、実践しなければ」
というダライ・ラマの言葉は非常にわかりやすくて、
ダライ・ラマさんの頭の良さ、やらわかさは、恐らくはんぱない。

カトマンズ

新宿のバス乗り場で。こんな荷物です。
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4/25、カトマンズに着いた。


ホンコンで乗り換え、そのあとダッカ(バングラデシュの首都)にも着陸したから、計6回の離着陸
ずっと同じ席に座ってるのももちろん疲れるけど、
なんだか離陸・着陸の上下運動で体の高度が何度も変わるのが一番疲れる気がする。。


でも、機内で見た「Lovely Bone」は、不思議な映画だったなぁ
前の人の座席がリクライニングしてるから画面がめっちゃ近くて、
そのせいで怖いシーンが目の前ですんごいこわかったんだけど
それでも、もしかして、伝えたことってこれだったの??、みたいなうれしい驚きだった。

見た人いますか?

あんなことをテーマにした映画は見たことない。すごいピンポイントだと思う。
想いを映像化する、まさにそれが映画である。



空港に着いたらもう夜11時くらいで、やっぱり、というか案の定、というか、
「宿からの迎えは来てない、タクシーを手配してやる」とカウンターの人に言われた。
外に探しに出たら、NISHIKAWAってカード持ってる人すぐいたし。。

はいはい。

でもおかげで、道も全然わからないし、このまま夜の町を変なとこに連れてかれたら、
それでおしまいなんだよなー、まだ始まったばっかりなのに、それはやだなー、
とか思ってしまった。
(無事に着いたし、宿も思った以上に良いところだった。1泊700円くらい。高めです。)
プロフィール

くじら日記

Author:くじら日記
2009年12月23日に結婚しました。
だんなさんは鍼灸師、わたしは病院での研修医を終えて、1年間の休みを取っての世界一周新婚旅行。
日記を、人が見てもいい文章で書くのってどうやってやるのかな…?と思いつつ、旅の記録を残したくてやってみました。

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