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PETER CANADA 1832

6月16日


アブ・シンベルへのツアーへ。
2時に起きました。。
3時は微妙だけど、2時は確実に夜だと思う。




アブ・シンベル大神殿。
めちゃくちゃでっかいぞ。
アブシンベル




耳だけでこれ。
アブシン耳




この像もそうだし、中に彫られてる壁画も全てラムセス2世の勇士ばかりで、「俺すごい、俺」というのだけを表現するための建物だなぁ。。
これだけの自分好き、なかなかいないよ。
それとも、誇示しないと不安だったのかな。



ヌビア人の奴隷。こんな時代から奴隷がいたのね、いまよりももっと残酷に扱っていたに違いない。。
人間というものは。。
アブシン奴隷




この遺跡は、アスワンハイダムができたことで、水没しかけたんだけど、ユネスコが世界に呼びかけて、遺跡をブロックに切り分けて、60m上に完全に移動したんだよまだあたしが生まれる前の話だけど。
エジプトは、ここの高い入場料をちゃんとユネスコに寄付してるんだろうか??とか思ってしまう。(多分してないぞ)



アスワンハイダムは、人口爆発に悩むエジプトが、農業用水を確実に確保するために造った、国家一大プロジェクトだったらしいたくさんの遺跡を沈めてでも、必要だったみたい。でも、ナイル川の氾濫が減った分、今度は塩が大地に蓄積して塩害が起こったり、雲が発生するようになって今まで降らなかった雨が降るようになっちゃったり、結果的には、農業生産は伸びなかったらしい。


もし、将来、ダム以外の解決法が見つかったら、このダムの水は抜かれるのかなぁ?
そしたら、アブ・シンベル以外の沈んだままの遺跡が、また出てくるんだね。
その映像も見てみたいな。遺跡の上で、逃げ遅れた魚が跳ねてたりして。






しかし、なんだか、毎日遺跡をたくさん見すぎて、3000年前とか4000年前とか言われても、なんかあんまり驚かなくなってきたあたし。
でも、ここの遺跡に、『PETER CANADA 1832』とか落書きで彫ってあるのを見た時、すごくリアルにぴんときた
これを隠れて「うひひ」って彫った人は、もうこの世にはいない。てか、この人の孫すら、もう死んでる歳だし。ひ孫くらい??

何千年も前って、一体何世代が入れ替わってきたのかしら。また生まれ変わって、自分が造ったやつを遺跡として見に来た人とかもいるに違いない





アブシンベルの後は、イシス神殿へ。
これも、SLYに出てくるのよ。
ここは、小さい島の上に建てられた神殿で、小さなボートをチャーターして上陸した


イシス川から





お墓やピラミッドは、盗掘されないように、人を遠ざけるパワーを備えてる気がするけど、ここは、なんだか、来る人を喜んで迎え入れてくれるような、どうぞ、って包み込んでくれるような、あったかい雰囲気があった
イシス神がホルス神を生んだ、っていう神話がある、聖なる島、という前情報があったからかもしれないけど、ここはとても気に入ったのでした


イシス2人


イシス空


ホテルに帰って、3時過ぎ、遅めの昼ごはんを食べた後、西川はご就寝。


ので、夜、あたし1人でアスワンの市場をお散歩した。
暑くてみんな伸びてる昼と違って、街が生き生きしてる
女の子1人パワーなのか、お茶をごちそうになったり、ネックレスをただで作ってもらったり、顔をただでそってもらったり、友達もできて、とっても楽しかった

ランプ屋さんで売ってたイロトリドリのランプ。
ため息がでちゃう。
大きいし、壊れそうだから、今は買えないけど、次に単発でエジプトに来たら、ぜったい買って帰る!!

ランプ1
ランプ2
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ヌビア人

6月16日


ルクソールから、電車でアスワンへ。
ルクソールからの電車





ルクソールの宿のムハンマドさん(日本名:小林さん)が、駅まであたしのザックをしょってくれて、アスワンについたら、友達のホテルのオーナーが迎えに来るように、手配してくれた。
この人、ほんとにいい人だった
宿の名前はヌビアンオアシス。あたし達も、一緒に砂漠ツアーに行った松浦夫妻から聞いた宿だったんだけど、とてもいいとこだった。(歩き方の評判は良くないみたいだけどねぇ。あたしの判断では◎です。)



電車の中で軽く西川と険悪ムードになってたけど、駅までお迎えの人が来てくれて、暑い日ざしの中スーク(マーケット)を歩いたら、2人ともテンションあがって、お流れになりました
けんかをする時、お互いぎゃーー!!と言い合うタイプではないので、ムード悪くなると、たちが悪いから良かった





ここアスワンから、ナイル川クルーズをするのだ
これも、よしもとばななさんの小説どおり。
ふふ



ナセル湖(アスワンハイダムによって出来た人口湖)の方に行くクルーズだと、クルーズでしか見に行けない遺跡があるらしくて、そっちにしようかと思ったけど、オフシーズンで船の便数が少なくて日程が合わなかったので、ルクソールまでナイル川を下るクルーズに申し込んだ


これは、うちのパパとママからのプレゼント
あたしがずっと、ナイル川クルーズしたい、って言ってたから、出発する前に、これでナイル川クルーズして来なさい、って軍資金をくれたのだ。完全に予算オーバーの豪華船だから、超うれしい


出航はあさって(18日)。



今日は、焼き魚と揚げ魚を買って、フルーカ(帆で走る、小さな船)の上でお昼を食べた。
2匹ずつ、計4匹に、サラダやらごはんやらパンもついて、30ポンド=480円:)
おいしすぎて写真がない。ナイル川の魚だよ。ナイルパワーゲットしたぜ。


フルーカから見えるほかのフルーカ。
フルーか





フルーカに、ヌビア人(もともとエジプトの南に住んでいた人たち。肌は黒くて、ふつうのエジプト人とは全然違うの)の子供がゴムボートに乗ってやってきた。
ゴムボートの子供





歌を歌い始めたので、こりゃあお金ちょうだい、って言われるな、と思ったら、案の定「ワンダラー!ワンダラー!!」と言ってきた。
パンやごはんが余っちゃってたので、「食べる?」と聞いたら、うちらがもう食べ終わった魚まで喜んで持っていってボートの上で食べてた。
お金じゃなくて、こういうのもありなのね。食べ残しの魚をあげるのは悪いな、と思って、ちょっと躊躇したけど、双方満足で、それならよかったよかった




ところで、この「ヌビア人」なんだけど、ブロードウェイミュージカルの『アイーダ』に出てくる奴隷の人たちがこのヌビア人なんだよね。
あたしはこのミュージカルが大好きで、ヌビア人の歌(?。God loves Nubiaってやつ)も、聞くたびに涙が出るくらいだから、本当のヌビア人に会えて、すごくうれしかったのだ
あたしの中では、気高くて、誇りにあふれた、強いイメージのヌビア人。
今は、ヌビア人の人たちが住む地域は「ヌビア村」と呼ばれて観光地化してるから、なかなか観光客には、普段の生活は見えないんだろうけど(実際子供にお金せまられたし)、でも、一方的に、あぁ、やっと会えましたね、って感じで感動した。
ituneで西川にもアイーダの曲を聞かせているので、 ニューヨークでぜひ本物のミュージカルを見たい。





明日は、アブ・シンベル神殿に行くツアーに参加することにした。なんと午前3時バス発。
備えて午後3時くらいからお昼寝したつもりが、そのまま午前3時を迎えました・・・

ルクソール満喫・・・

6月15日


朝6時に起きて、精力的に動きましたよー
本当にエジプトでは動きっぱなし。
それだけ見るとこがたくさんあるってことだなぁ。
ヨルダンから飛行機で来てよかった。



フェリーに乗って、ナイル川の西岸へ。
西岸には、王家の谷とか、色んな神殿がある。
ナイルから王家の谷





この旅行では、あたしと西川の行きたい国を挙げて、ワンワールドに加盟してる航空会社でつなげられる場所をつないでいく、という方法でルートを決めた。

ネパールは西川:エベレスト街道トレッキングが目的
インドはあたし:とにかく「インド」に行ってみたい
ヨルダンは西川:ペトラ遺跡が見たい

ってかんじで。



エジプトは断然あたしだった。

なぜなら、

よしもとばななさんの「SLY」という小説がすごく好きで、それがエジプトの旅行を題材にした物語だったから。ばななさん自身の旅行の体験が元になっていて、それを読んで、あたしもエジプト行ってこれしたいなぁーと思ったから。

だから、SLYで主人公たちが訪れる場所を実際に訪れてみる、っていうのが、すごく楽しみだったのだ


王家の谷には、60個以上のお墓があるんだけど、その中から見たいお墓3つを選ぶシステム。
なんで?全部見せてよー、って感じだけど。
あたしは、迷わず、SLYの中でエピソードとして出てくる、トトメス3世のお墓をはじめに見に行った




王家の谷の一番奥。
このお墓はどろぼうを避けるために、高いところから長い階段を下に掘ってつくられた(でも結局盗まれたけど)。
入るのを待ってる時、外ももう十分暑いのに、お墓の中の方が人の熱気で蒸してて、階段を登って外に出てくる人みんなが、「はー、外の方が涼しい」と色んな国の言葉で言うのがわかって面白かった。お墓に入った人みんなが、同じ感情を共有して出てくる、っていうのが。


そしてあたしも中に入る。
初めてのエジプトのお墓。


壁と天井一面の絵にほんとうに驚いた。余白なし。色もくっきり残っている。紀元前1400年以上前のものがだよ。

今は2010年だけど、それはBCに対するADの数え方であって、そのずっと前から人の歴史は続いてるんだ、って改めて思った。


泥棒は全てをかっさらっていったけど、壁の絵までは持っていけなかった、ってよく聞くけど、ほんとにその通り。

こんなに細かくびっしりと絵を書いたり、素晴らしい副葬品を作って置いた人達の、
息を止める様な集中力×時間×祈りの気持ち、で、お墓ができた頃、この部屋は無限のパワーに満ちてたに違いない

よしもとばななさんは、そのパワーの幻覚を見たりしたそうだけど、あたしにはそこまでの感受性はなかった。。
それでもやっぱり、2400年経っても残ってるそのパワーを、少し感じたような気がした。
棺の内側に書いてある、遺体を包むように伸びている2本の手を見た時、死後の世界を当たり前のものとして考えて、トトメス3世の体が守られるように、とその絵を描いた人の気持ちが、時間を越えてずっと続いていることを実感した。




あと、ラメセス6世のお墓もすごかった。
別料金払わないと入れなかったんだけど、その分人がほとんどいなくて、自分の足音だけが響く。
天井一面の、紺と金を使った壁画もすばらしかった。
古代エジプトの絵は、人の胴体がびょーーーんと伸びてたり、そもそも神様の形が、あたまだけ動物で肩から下は人間、とか、とても自由。
ちょっとちびまるこちゃんを思い出しちゃうような、のびのびした絵なのだ
人の形をした黒い石のおおきな棺も一番奥に置いてあって、このお墓は重く静まった厳粛さを1番感じた場所だった。




王家の谷から、ハトシェプスト女王葬祭殿へ。
うちらはツアーじゃなくて、自力で移動したので、タクシーと値段交渉
絶対ふっかけてきてるのはもう見え見えだから、かなり強気で交渉できる。
インドに比べれば、エジプト人は騙してきたり、ってことはあんまりなくて、値段交渉も英語でばんばん話せれば、だいたいこっちの言うとおりになる。
仮にうそをついてきても、ザコスライム程度のうそだから、楽勝です




ハトシェプスト女王葬祭殿は、外観がすごくきれいで、最近建てた建物みたいだった。
それもあってか、ふーーん、って感じ。
ここも、壁画はすごかったけど。
でもここはずっと日なたで、もうお昼回ってたからほんと日差しが恐いくらい強くて、持ってきたお水がなくなっちゃったの。だから売店で買ったら、なんと1.5ℓペットボトルが15ポンド=240円・・・
ふつうに町で買ったら、2ポンド=32円なのに!
どこの国も、観光地は堂々とやってくるね。
ここで水飲まないと、ほんとに病気になる、と思って購入したけどさ




東岸にまたフェリーで戻って、昼ごはん。
日本語で「安くておいしい」とドアに書いてあったのにひかれてふらふら入ったお店がすごく美味しかった!!
エジプトのつぼ焼き料理、ターゲン。
トマトベースの煮込み料理で、つぼごと火にかけてコトコト
ターゲン




めちゃくちゃ美味しい!日本人の口に合うと思う。エジプト来てから食べた中で、1番だった。
日本で一つぼ500円とかで、屋台で売ったら、絶対売れると思う!!お店の人にも、日本に支店を出した方がいい、と伝えておきました。






お昼寝して、また夕方活動開始。
ホテルから、乗り合いバス(セルビス)で、カルナック神殿へ。

ふぇ~、これまたすごい・・・


こんなにでっかい柱がちゃーんとみんな残ってるし。
(向こうにちこっとうつってるのが人)
カルナック柱







オベリスクもびしっと真っ直ぐ立ってるし。
オベリスク






あたまがやぎのヤギンクス(ほんとは何ていうか知らないけど。)
ヤギンクス





壁も、あらゆるところがちゃんと彫ってあって、3000年以上前、そこにあって動いていたたくさんの人の手を思った。
カルナック壁






帰りにまたムスタファの店に寄って、今日こそは、と夜お茶を飲みに行くことにした。
水タバコ屋へ。1回やってみたかったんだぁ
あたしとシーシャ


西川もトライ
西川シーシャ



夜中まで人がたくさん
水タバコ屋





ムスタファのいとこで、店の共同経営者、アリも一緒に来た。
アリは商売気たっぷり、って感じで、卑しさ・いやらしさが出ててあまり好きじゃなかったけど、やっぱりムスタファは非常に付き合いやすい。
この2人は店の経営方針が合わないと思うが・・・。


まだ夜ご飯を食べてない、って言ったら、ムスタファはコシャリ(エジプトのファストフード)を買って来てくれたり、飲み物や水タバコのオーダーも、全てきちんとやってくれる。

水タバコ屋に来る前に、
「今は観光シーズンじゃないからあまりお金がない。おごってあげられないけど、それでもいいか」
ということを、すごく申し訳なさそうに、聞いてきたムスタファ。そういう心配や気遣いも、かなり日本人ぽい。

たくさん良くしてもらったお礼に、日本から持ってきたペンを、ムスタファに3本あげたら、とても喜んでくれた。

12時過ぎまで、おしゃべりして、ムスタファはそのあと、あたし達をしっかりセルビス(乗り合いバス)に乗せてくれて、去っていったのでした。
今度またルクソールに来たら、是非おうちに遊びに行かせてください


最後まで、まったく嫌な思いをせず、笑って名残惜しい気持ちでお別れできた・・・
奇跡・・・


にっこりして眠りについた、いい夜でした

不思議なムスタファ

6月14日


ずっと移動しっぱなしだったので、朝ルクソールに着いて、1日のんびりすることにした



のんびりしつつも、文字にすると色んなことしてる。。

①西川の国際学生証を作った(偽!)。エジプトの遺跡は、入場料が学割で半額になるからね。

②ひたすらWiFiでインターネット

③ルクソール神殿を、入場料払わずに門の外から眺めまわす。だって丸見えなんだもん。

④日本、カメルーン戦勝ったね!!多分負けちゃうと思って、TV見なかったんだぁ。非国民。。
そしたら、道歩いてたら、エジプト人に、「1-0おめでとう!」って言われて、結果知ったの。
ナイル川の夕焼けに向かって、テンションだだ上がり!!!
うおーーーーーーー!!!!オランダ戦は、絶対見るから!!!!

⑤あとはね、夜、印象的な出会いがありました
道を歩いてたら、お土産屋さんの人が
「japanese?」
と呼び止めてくる。これはほんとにしょっちゅうなので、「そうだよー」と適当に答えて立ち去ろうとしたら、日本にいる友達にポストカードを書きたいから、手伝ってくれないか?と言う。
もしかして、一文字書いたら「売り物だ!買え!」とかいって買わされるんじゃないか、って警戒してたけど、住所を見たら横浜市港北区で、なんか親近感で、とりあえず店内へ。

それで、最近その友達は出産したばっかりだから、出産祝いのポストカードを送りたいんだ、自分はアラビア語しか書けないから手伝って欲しい、って言うのね。

ここで怪しいのは、このムスタファさんは、彼女の名前も知らないってこと
自分は英語はタイプできないから、いつもいとこに頼んで、e-mail作ってもらってるから知らないんだ、っていうんだけど、普通名前くらいわかるだろ・・・。


でも、人のいい日本人のあたし、一生懸命文章を考えて、日本語でポストカードを完成させてあげた。



そしたら、ムスタファはお茶をごちそうしてくれて、しかも、お礼にパピルスで名前入りのしおりを作ってくれた!!これうれしい

ムスタファとあたし@店


でも、ここでまた怪しいのは、写真に写ってるようなパピルス画を書くのがムスタファの仕事のはずなんだけど、このしおりの文字がめちゃくちゃ下手なこと。。
これで絵はかけまい。。





しかし、ムスタファは、話し始める時、sorry、から始まるの。
「すいませんが・・・」みたいな感じ。
あと、何か選択をせまるようなことを言った後、必ず「it’s up to you」ってあわてた感じで付け足すの。
「あ、もちろん、よかったら、でいいんだけどね」みたいな。

これがどこか日本人ぽくて、なんか100%疑いきれない



バクシーシも何も、要求されず、「thank you, thank you」とすごく感謝されて、店を出た。
半信半疑のまま、なんかばかされたような気持ちで。

だって、こういう交流をして、お金からみのことが何も出てこないなんて、普通ありえないんだけどなぁ。。

ふーーむ。




このあと店が終わったあとに、一緒にお茶を飲まないか、とも誘われたんだけど、もう遅かったし、レストランだけ紹介してもらって、ホテルに帰った。チキンの丸焼き。うまかった


砂漠ツアー

6月12~13日


砂漠ツアーへ!!
カイロからバスで5時間
バフレイヤ・オアシスというところからジープに乗って出発。



素晴らしかった・・・
もう言葉はあまりいらない。
地球に住んでいて、その地球が黙ってくるくる見せてくれる色んな景色を見る、ってことはものすごい贅沢だ。
ヨルダンのぺトラ遺跡も、昨日のピラミッドも、けっこう脳天直撃だったけど、砂漠はなんていうか・・・、飽きない。
西川は、車の窓からずっと食い入るように砂漠を見ていた。



こうやって短期間の間に、次々にこの光景はすごいと思うものが塗り替えられていく時間は、もうこれからの人生そうそうないかもしれないなぁ。
これが、今回の旅行の、間違いなく一番すごい所。のひとつ









ドラゴンボールのはじめの方でみんなが戦う場所はここだ・・・
山とか吹っ飛んだり、お互い激突させられたりして、でもなんか平和な雲
ドラゴンボールだ・・






かめはめ波
砂漠かめはめ波






こんな光景ありえなくない??
砂漠の白いぼこぼこ





そして、こんな偶然もある
きのことにわとり





あやのちゃんと。
砂漠あやのと








腕のいいドライバー、ハンビー。「すごいね!ここは!」が口ぐせ。
砂漠ハンビー







砂漠の模様。
砂漠の模様







キャンプ。即席の場所にしては、居心地良すぎ。
夜はこのまま砂の上にマットレス引いて寝たよ。
砂漠キャンプ







夕暮れが始まる。星が見えてきた。
視力のいいあやのちゃんは次々星を見つけるけど、みんなには見えなくて、うそつきよわばりされた
砂漠星を見る







影が障害物なくこんなに伸びるのを見たのは久しぶりです。
砂漠影







日本人が地平線の夕焼けを見るのはすごくレアだと思う。
またぐるーーと地球を半周して、明日の朝、逆側からまた登って来るなんて、奇跡だ・・・
砂漠夕焼け

砂漠夕焼け+松浦












このあとの星空も、何もさえぎるものがない360度の大空。雲もひとつもなし。月も多分丁度新月だった。
すごすぎて、写真がないのが残念だけど。
愛媛出身のあやのちゃんは、お父さんとお母さんにも見せたいな、見てもらいたいなぁ、と言っていた。
そうだな、と思った。



この砂漠ツアーは、エジプトに来たら、みんなやった方がいい!
絶対!!

(1泊4食付移動費込みで、1人260ポンド=4160円だった。スルタンホテルで申し込みました。これは、安いと思う!!!)






ツアーから帰って来てからは、松浦夫妻の宿で、みんなで何するでもなく、ぼけー。
あたしは宿に置いてあった梅図かづおの恐怖漫画をひたすら読んでいた。。。




夜、夜行電車で、ルクソールへ。
王家の谷とかあるところです。
電車の中は、冷房効き過ぎで息が白いくらい寒かった
エジプトは、濃い。。。

世界不思議発見!

6月11日


朝、宿で日本人のおじさんと朝食が一緒になって、フィリピンやタイに日本人のおじいさんだけが集団で住んでいる村がある、という話を聞いた。ちろりん村とかペンギン村とかいう名前らしい。へー。
とても面白い人で、定年退職したあと、いろんな国を旅行してまわってるそう

これから違う日本人宿に情報収集に行く、と言ってホテルを出て行ったので、
「それもいいねぇ
とうちらもさっそくまねして行ってみることにした。

すごく有名な日本人宿が3つ入ってるビルへ




そこで、運命的な出会い

うちらと同じように年末に結婚して、4月から世界一周してる夫婦。
だんなさん松浦27歳。奥さんあやのちゃん30歳。

なんともいい雰囲気の2人で、しばらく宿で話してるうちに、2人がピラミッドに行く、と言うので、迷わず一緒に行くことにした。ほんとはこのあと長距離電車のチケットとか1.5ポンド均一ショップ(=24円)とかを見に行こうと思ってたんだけど。

さらに出しなに2人の日本人にも階段で会って、「一緒行こうよ」と。
するすると引き寄せられるように日本人6人組でピラミッドを見に行ったのでした。



よく、長く旅行してる人のブログや話で、『同じ宿に泊まってた日本人と一緒に観光に行った』とか、『バスの中で会った旅人と意気投合して何日か一緒に行動した』とかあるけど、そんなことうちらには今まで1回もなかった。。
へーいいなぁー、楽しそう、と思ってたけど、こうやって思いがけないタイミングで、でもあらかじめ決まってたみたいにちゃんと起こるものなんだね




ほんと、普通に楽しかった。
ピラミッドハート


ピラミッドの上





普段あたしが外人としゃべって遊んでる時、おいてきぼりをくらってる西川も、日本語でいっぱい話せて楽しそうでよかった。
そして、いつもは写真撮ってもらう人を見つけるのがめんどくさくて、セルフタイマーか、どっちか1人だけの写真が多くなっちゃうけど、今日は、お互い頼み合えて、うれしかった。


みんなで言ってたんだけど、ほんとピラミッドって、究極のパワースポットかもしれない
まさに、世界不思議発見、です。
一体誰が、これを作ろう、って言い出したんだ???
なんかの小さい会議とかで、一大臣とかが「大きい石を積み上げて山をつくる、っていうのはどうでしょうか・・・?」って発言して、ほぅそれは良さそうだ、やってみるか、となったのか。
その人のひょんな思い付きがその後も真似されて、色んな王のピラミッドが建っていって、それが後世何千年も残って今あたしたちが見てるとしたら・・・って考えると、後ろに倒れそうになるような細い遠い感じ。


とりあえず、少なくとも日本人には、石を積み上げて大きな墓を作る、という発想はなかったわけだ。
古墳もすごいけどさ。







ザ☆新婚旅行写真
ピラミッドとスフィンクス





らくだにも乗った!!オフシーズンだからか、1人10ポンド=160円。悪くない。
らくだに乗る





らくだは思ったより足が長くて、背中の上は高い。結構揺れるので、内腿に超力入ってる。
らくだの上で





バクシーシ(喜捨。チップみたいなもん)をくれ、と言われたので、エジプト人は日本のペンを欲しがる、とい前情報に基づいてたくさん持ってきた、病院のペンをあげた。喜んでくれた。ふむふむ。
ピラらくだでペンあげる




松浦夫妻は、明日から1泊、砂漠ツアーに行くって聞いてたんだけど、一緒にいるうちにずっと一緒にいたくなって、うちらも参加することに

とんとん拍子なかんじ。

Egypt!

6月10日


ヨルダン・アンマンから、エジプト・カイロへ


ロイヤルヨルダン航空のスチュワーデスさん、ミスユニバース級の美人

思わず、「今まで見たスチュワーデスさんの中で、あなたが一番きれいです・・・」と告白してしまった。


全部のパーツが濃い。しかもメークもばっちり
朝起きて、あの顔を見たら、なんかこっちまで目がぱっちり覚めそうな。





そして、エジプトはねー、面白い
物価安ーーーーい!!わーーー!!


インド並みに人がうざい、と色んなブログやガイドブックで読んだけど、人もいいよ?
ガイドブック広げてると、「May I help you?」とその辺の紳士っぽい人が助けてくれて、まわりの人も巻き込んでホテルを探してくれたり。
果物屋を探してたら、プールのインストラクターだっていうむきむきのおっさんが、ずっとスーク(市場)の中を案内してくれたり。この人は最後、バクシーシ(喜捨)をちょうだい?って言ってきたけど、すごく楽しかったから、2ポンドちゃんと気持ちよく渡したし


果物が激安です
りんごとかメロンとかぶどうとかが、3ポンド=48円/kgとか
ちいさいメロン2つとぶどう4房くらいで、8ポンド=128円・・・。
お財布と舌とお腹の味方だねぇ。



さっそくお昼に、久しぶりの中華レストランで、もちもちの白米を食べてごきげん。
ヨルダンはサンドイッチが主食で、西川のごはん熱がピークに達してたから。


ワンタンスープ、焼きそば、ブロッコリーとか白菜とかの野菜と豆腐のあんかけ、白米、中国茶を頼みました。
グループ会(病院の上司の先生たちと行く夜ごはんをこう呼ぶ)か?!、ってくらい上品な味で、おしぼりもなんかいい匂いだし、BGMも洋楽の趣味いいやつ。

食事の写真をとる雰囲気じゃなかったから、写真がないのが残念だけど、
これだけ頼んで2人で90ポンド=1440円。
これでも、中級~高級な店の部類。
庶民の食べ物は、一食150円くらいでだいじょうぶ。


いい国だなぁ・・・






あと、たくさんウィンドーショッピングしたんだけど、売ってる服が好み
民族衣装的なのじゃなくて、ふつうのエジプト人が買う服がけっこうかわいいのだ。
ヨーロッパで今のままの格好だと、みすぼらしすぎるので、一枚おしゃれなロングワンピでも買いたいと思ってたから、ぴったり
でも、ちょうど120ポンドとか145ポンドとか、2000円弱くらいの値段で、迷うんだよなぁ。
輸入品だから高いのかな。


その国の物価がわかってから買い物したほうがいいから、エジプトの最後で決めよう!


しかも、西川もウィンドーショッピングをかなり楽しんでいた
「色使いが絶妙なんだよなぁ・・・」とかぶつぶつ言いながら。
「俺も着たい」くらいだって。


西川的に、街を歩いてる人の服装もかなりヒットらしくて、エジプトをいたく気に入った模様です

確かに、ヨーロッパみたいな石造りのきれいな町並みに、スキニージーンズにTシャツ、とかけっこう今風の格好の人たちが歩いていて、
でも見慣れた光景と違うのは、女性はみんな色とりどりのスカーフで髪の毛を隠して、さらに、おしゃれなTシャツでもキャミソールでも、その下に必ずババシャツみたいの着て肌を隠してる。


なんだか、それがちょっとどきっとするのです。




ヨーロッパみたいな街並み
IMG_1820カイロ市内







あと、下着屋さんが、スケスケのスリップとか、かなりきわどいデザインのブラとショーツとかを売ってて、
この肌を露出しない保守的な国で売れるの?
と思ってたら、全身真っ黒の布で目だけ出してるような女の人が、手にとって選んだりしてて、この国の女の人達は、多分脱いだらすごいんでしょう・・・




カイロの宿、イスマイリアホテルからの景色・・・
カイロの夜明け

水でねぇ。

6月9日



すぐにお腹の調子が悪くなる理由。。




西川が今日、
「おかしょう、硬水じゃない?」と一言。




あ・・・!



ヨルダンでは西川と同じもの食べてたし、インドみたいに衛生上あやしい食事もしてないし、あたしだけ下痢する理由がほんとわかんなかったけど、確かに日本でコントレックスも飲んだことない私。
ヨルダンで何気なく飲んでた水を見たら、高度がすごく高かったことがわかった

それで、軟水を探してそれだけ飲むようにしたら、なんともなくなった・・・!!






そっか!!
水だったのか


もともと快便だから、少し硬水飲んだだけであんなに下したのか。。

コントレックス飲んでも便秘な人ってほんとすごく強い腸なんだね。
ここではそれがうらやましい。。





エジプトの水も、バラカ、というメジャーなやつは、けっこうな硬水らしい。
ネッスルってやつがいいよ、とぺトラで会ったガイドさんにも教えてもらって、よし、これで大丈夫だぞ!!



へー、それにしても、水でねぇ。ふむ。

ぺトラ2日目

6月8日


嫌なことがあった後、心がそれだけに囚われて、会話が途切れる時、ぼーっと景色を見てる時、気がつくとそのことばっかり考えてる
そういう時、あたしはすごく汚れていてきたない。
せっかくぺトラにいるのに、抜け出そうと思っても、なかなか離れられない。






そんな時、ぺトラの中で、日本からのグループのツアーガイドをしてる、女の人に会った


「日本人??食べる??」

すごく自然にそう話しかけてきて、すーっと近づいてきた。
クッキーをいただいた


すごい陽のオーラを持った人で、あたしの心は一気に明るい方に引き出されて、嫌な気持ちは光で消毒されたみたいだった。

ほんとに救われました



そのあとも、抜きつ抜かれつで、何回もぺトラの中で顔を合わせて、たくさんお話した。
ガイドさんなのに、「ツアーはめんどくさいお客さん多いよ」とか小声で言ってきたりして、とっても楽しい人。


西川とは毎日日本語で話してるけど、やっぱりガールズトークがうれしかった。
トルコ人の彼氏がいらっしゃるらしく、今年の夏トルコに1ヶ月住んで、この先その人とどうするか決めるらしい。
結婚するか、別れるか、の2択なんて、正反対じゃん、意味わかんないな・・・、と昔は思ったものだけど、今は、ふむふむ、よーーーーくわかるのでした。

他のツアー客の方々も、「世界一周してるんですか??ご結婚されてるの?え?27歳?へー、いいわねー。」と話しかけてくれて、なんか久しぶりにたくさんの日本人(しかも年配の)と話せて、なつかしかった。
何人かには、「一緒にお写真いいですか?」と言われて、記念撮影も。
その人たちが帰国した後、友達や家族に写真を見せながら、「この2人はね・・・」って話されるんだろうか?




そして、そのガイドさんは、最後はなんとツアーで宿泊してるホテルのロビーまで入れてくれて、日本から持ってきた、ジュースとかお菓子をたくさんくれたのでした。
「飲みきれないから、持って行って」と。
今のあたし達にとって、それがどれだけうれしいか、わかりますか


あぁ、素晴らしい出会いでした


日本に帰っても会いたい人が、こうやってどんどん増えていく




ぺトラでの思い出は、楽しい笑顔に昇華されて、心に残りました。
ありがとうございました







この日はなぜか、アンマンに戻ってからも、日本人の夫婦と夕食を一緒に食べたり、日本人になりたい日本の心を持ったサイードくんと宿の屋上でお話できたりして、人っていいなぁ、とあたたかい気持ちになって寝れたのでした。



人に救われた日。

あたしに誰かにこれをパスしよう




ぺトラ1日目

6月8日


下痢でふらふらだけど、ぺトラへ
部屋の外に出たら、ちょっと元気でた。


バス乗り場で、ぺトラまでいくら?とおじさんたちに聞いたら、
2人が同時に
おっさん1 「5JD=650円」
おっさん2 「3JD=390円」

おっさん1は聞こえなかったことにして、おっさん2に笑顔でありがとうと言いました。




ぺトラね、
1人入場料38JD=4940円(2日券)はあたまおかしい金額だけど(1日券でも33JDだよ!)、
すごい楽しい~
ものすごいスケールだよ。テーマパークなみの広さ。
(こういう世界遺産に来ると、ディズニーランドのあれは、ここをモデルにしたのかな?とか思うんだけど、それってディズニーランドってほんとにすごいってことだよね。。)



高い岩のわれ目がずっと続く。。上から石とか矢とか落としたら、みんな一撃でやられちゃうね。
シーク



おっきすぎて写真に納まらないし。人の身長は、柱のほんの下の部分にしか届かないよ。
城





本当に、ひとつの都市がまるまる見つかったんだなぁ。
1個1個の穴に人が住んでた頃を想像すると、とってもリアル・・・
ぺトラ中にこんな穴がある。今でも実際おみやげとか売りながら住んでる人達もいた
家々


岩の模様でかなりサイケな家も。
サイケな家2


これも天井がすごい。
サイケな家






標識もあんまりなくて、岩に階段が彫ってあったからそれで山の上に登ったら、帰って来れなくなるかと思った。。
すごく広い砂漠と岩の中で、遭難したみたいに。こっちかな、と思って行ったら、その先絶壁だったり


秘密の階段を上がって。
秘密の階段


ライオンキングの崖の上みたい。
ライオンキング



ヨガでこういう写真よくある
ヨガ



上の方にあった、ライオンの形のモニュメント。
ライオンの顔の上を水が通って、前足の方に流れる仕組みだったらしい。
なんて凝ったつくりなの・・・
ライオン











ぺトラの中で、日本人と結婚してる、というお兄ちゃんに声をかけられた。
日本人びいきらしく、ただで馬車や馬に乗せてもらって、お茶やタクシーまでおごってもらった!
それで、夜はスモールぺトラというすこし離れたテントサイトで、星を見ながらごはんを食べるツアーに連れてってもらったの。途中ベドウィンの人たちが住む町とかにも寄ってもらったりして。

とてもきれいなテントサイトで、回りの岩山の小さな穴に、キャンドルが点いてたりして、すんごいいい場所。
星もたくさん
火を囲みながら、お話して、夜12時をまわってからホテルまで送ってもらった。




でも、そこで問題。
ツアーは10JD=1300円って聞いてたのに、
「はい、30JD=3900円ね」と
「2人だけのプライベートツアーだったし、食べ物だけで18JD、お酒だって18JDもかかっているんだぞ!」と・・・



すっごくいい時間だったから、チップをあげようと思ってたくらいだったんだけど。



ものすごい口論の上、夜中の道路でFワードを叫びあうお粗末な結果に。
払っても払わなくてもどっちにしても嫌な気持ちになるから、はじめの10JDだけを払ってあたし達は去った。


スモールぺトラでの美しい光景と体験も、夜の闇に消えていきました。。






最後の口論まではすごく楽しかったし、本当はいい人だったのだろうか??
でも、やっぱり金額のことをちゃんと言わない点はだめだろう。




自分の人を見る目がないのか・・・?
せっかくの素晴らしい時間も、思い出すだけでイライラするものに変わってしまった。


かなしい苦しい夜。

死海!!

6月7日


信じられない。
また夜中から、お腹の調子が悪いんです


なにーー?!もう


日本にいた時は、自分がこんなに胃腸が弱いなんて知らなかったよ・・・
山根君だよ・・・






でも、今日は死海へ行くんだ!

死海は、けっこうあたしの中ではハイライト。


水着を持って頑張って出かけた




観光客用に解放されてる、ビーチに行った。
入場料が1人15JD=1950円!!!!
死ぬほど高いけど(だって、宿が一泊12JD=1560円、ごはんは4JD=520円もあればお腹いっぱいになれるのに。。。)、でもプールとかシャワーとかロッカーもちゃんと併設されてて、1日高級リゾートに来たみたいだった。

イタリア人観光客がいっぱいで、ここはヨーロッパの海岸かと思うくらい。
italian people





でも、死海、楽しかった。うふふ



海では泳げない西川も、浮く。
油になったみたい、と言ってた。
西川浮く



向こう岸はイスラエル・・・
israel.jpg





この大きな湖に、魚が一匹もいないなんて、ほんとかな?
なんか化け物みたいな主が深いところにいたら面白いな






むしろ沈もうと思っても、デブみたいに沈めない。
だって、水の中で垂直に立っても、ビキニのブラの半分くらいまでは水の上に出るの
釣竿の浮きになったみたい。
RIMG0856.jpg




死海みたいに、標高が海抜以下で川が流れこまなくて、どんどん濃度が上がっちゃう場所が、この広い地球
で1か所しかない、ってなんか不思議だ
どっかのちがう星には、あるんだろうなぁ・・・







水が好きなあたし
本当は、紅海に行きたくて、エジプト行きを陸路にしたかったんだけど(そしたら紅海を通って行けるから)、陸路だと移動に1日かかっちゃうから、時間を買うことにして、飛行機のチケットを取った


でも、この死海でかなり海欲が満たされたよ~、よかった



the 新婚旅行写真
死海新婚旅行


ジェラシュ

6月6日


ザ・観光
ジェラシュという、ローマ時代(1~2世紀!)の遺跡を見に行った


街の中に、普通に遺跡が残っている。
周りの建物が、全面ガラス張りの高層ビル!とかじゃなくて、普通の石造りの建物で、しかも2階建てとか3階建てだから、なんか遺跡も建てかけのお家みたいに馴染んでいた。


どうして、同じ時代に同じ人間が生きていたのに、文明がすごく発展する場所としない場所があったんだろう
ローマ時代の建物は、すごかった。。
jerash road


cha- church



この柱たちは、風でゆっくりゆれていた!!息してるみたいだった!!
breathing colomn




あたしは、ローマ帝国のことは、ほとんど何も知らない(恥ずかしいが。。。)んだけど、西川はローマの本に一時期すごくはまっていたので、なんか1人でふむふむ言いながら深く堪能していた。





あたしが一番感動したのは、劇場だった
すごくきれいに残っていて、観客席も舞台もそのまんま。

今でも、年に1回、演劇やバレエ、朗読とかをそこで行うイベントがあるらしい。。
ここで、夜、柔らかい火の照明や月明かりの中で踊れたら、どんなに気持ちいいかなぁ
今回の旅行には、いつでも踊れるように、バレエシューズをザックの一番下に入れて持ってきてるんだけど、それ持って来ればよかったなぁ
すのこみたいな床にビーサンでは、何もできない。。



でも、気持ちだけ、すこし踊ってみた(西川しかいない時に)。


dance.jpg





ローマ時代の満席の観客に、おじぎをするふり。
右、左、上の方にも。


audience.jpg







なんかそしたら、目が熱くなってしまった。

踊りたいっ!!!ってすごく思ったから。


もう2ヶ月ちゃんとレッスンしてないな。
ホテルの部屋でバーレッスンもどきをしたことはあったけど。



体はもうなまりすぎてついていかないけど、バレリーナの心だけはちゃんとあたしの中で生きているんだなぁ

ニューヨークに行ったら、オープンレッスンを受けたいと思います








ジェラシュからの帰り、バスはない、とその辺のみんなが言うので、ほんとー?と思いつつもタクシーで帰ることにした
アンマンのダウンタウンまで、1人1JD=130円でいい、って言う。
それだったらバスと同じかそれより安いから、ほんとだね?って何度も確認して乗せてもらうことにした。

ら。

でた。英語がよくわからない人で、アンマン市内の変な場所で降りろ、っていう。
話が違う!とものすごい抗議したけど、だめ。
もう途中でお金払っちゃってたし。


それで、めちゃくちゃ捨て台詞を残して、車を降りた。
くっそー


こういうことがあると、その国自体が信じられなくなる。。
1人1人が国家代表なんですよー。

ヨルダン・・・ラブ

6月5日



おぉぉぅ!!
ヨルダーーーーーン!!!


街超きれい

ゴミ落ちてない

うんこも落ちてない


人がぼったりだましたりうそ言ったりしない

ちゃんと聞いたところに連れてってくれて正規料金で乗せてくれる

食べ物おいしい、マサラ(インドの香辛料)入ってない




なんと、タクシーが並んでいる・・・
amman city2 (1)



バスから見える町並みが美しい・・・
amman city2





ここは、素晴らしい国です。。。
大げさじゃなく感動した。。


ヨルダン・・・好きです





インドでは、いかに無意識に臨戦態勢だったかが、今よくわかる。



「インドは若いうちに行っとけ」
「インドに行くと、そのあとの国が楽だ」

どこかで聞いたこんな言葉に、今なら大きくうなづける。






ヨルダン人は、顔もヨーロッパ人に似てて、あたしはアジア人のはずなのに、それがなんだか落ち着く。

でも、女の人みんな化粧ばっちり、目のまわりアイラインくっきりのマスカラばちばちで、あたしのみずぼらしさが際立っています
美人が多いし。

インドではそんなこと全然思ったことなかったのにな
ちょっと化粧して、おしゃれにも気を使おうかしら。

最後までインド

6月4日


ヨルダン行きの飛行機は、6月5日の朝5:30発

ぎりぎり夜中12時にチェックアウトして、早めに空港で待つことにした


空港までのタクシーを250ルピーで約束し、50ルピー前払いして、夜を待つ。
デリーは、特に見どころない、というか、混んでるし客引き多いし、外にはほとんど出ず、ホテルでずっとインターネットしていた。


久しぶりにヤフージャパン開いたら、

カエラちゃんと瑛太出来婚
大沢たかおと綾瀬はるか交際



てか、首相変わってる!!!!!!


鳩山さん、ゆっくり休んでください。。
なんか、日本で最後にテレビに出てたのを見た頃は、もう鳩山さん顔イっちゃってた。
病んでた頃の華原ともちゃんみたいな無表情さで、もうかわいそうだった。


誰がなっても大変だと思うけど、菅さんすこし期待してます。









夜12時、約束してたタクシーは来ない。。
やっぱり、というか、なんというか。


ホテルの前で待ち構えてた他のタクシーのおっちゃんが、
「来ないのか?じゃあ俺のタクシーで200ルピーで連れてってやる!」
と言うけど。。

でもそれじゃあ、あのうそつき野郎にただで前払いの50ルピーあげたことになる
それは超むかつく


ので、

インド最後の日、今までの色んな思いを込めて、最後にそのオフィスに乗り込んでやることにした。
西川をホテルの前に残し、ホテルの前にいたタクシーのおっちゃんを引き連れて。


もう夜中だから、シャッター閉まってるかな?と思ったら、閉まってなくて、ガラスのドアが見える。






しめしめ








ばーーーーーーん!!!!!

ガラスが割れても知らん、と思って、思いっきり登山靴でドアを蹴ってやった。




連れてきたタクシーのおっちゃんあ然。。



そしたらあわてて人が出てきて、どうしたどうしたみたいな。


あえて声は荒げず、
「頼んでたタクシー来ないんだけど。どうなってんの?」
と冷酷に言い捨てる。





その人はあわてて服を着て(寝てたらしく半裸だった)、その運転手の家まで行ったら、そいつまだ寝てたらしい...





ほんとは、そんなやつに運転されたくないから、50ルピーをただちに返させて、ホテルの前にいたおっちゃんに頼もうと思ったんだけど、そのおっちゃんがいいやつで、
「まぁ、来たからいいじゃないか、乗ってやりなよ」
と言ってくれる。荷物まで運んでくれた






西川にこの一部始終を伝えたら、
「俺もそういうのやりたかった~」
と言っていた。



うん、確かに気持ちよかったよ




日本人は、言いたいこともぐっとこらえて相手をたてたりする美徳があるけど、あたしは旅において確実に強くなっている気がする。。

男-男-女

6月3日


なんだか朝起きても、2人とも体がすごく重い

がんばっていつものところに朝ごはんを食べに行ったけど、なんか呼吸するのもつらいくらいで、あたしはチャイを飲んだだけで、頼んだパンケーキもほとんど食べられなかった


昨日の夜まで元気だったのに、しかも2人そろって、こんなに何かに押しつぶされるような重さを感じるなんて不思議。


今日プシュカルからデリーに帰るけど、プシュカルに呼び止められてるのか??
とか考えてみる。









そしたら、顔なじみになってきたお店の主人NIZAMが、子供はいるのか?って聞いてきた。





「子供はいるのか?」
ネパールでもインドでも、この質問何回されたかわかんない。
日本ではこういうのは聞かないよね。
不妊とか価値観とか、いろいろね。



まだいないよ、って言ったら、NIZAMが今何歳だ?って。
西川が28歳、って答えたら、すぐに子供を作り始めたほうがいい、って。
確かに、NIZAMは40歳だけど、もう孫が4人もいるらしい
日本は60歳くらいにならないと、孫はできないかな、って言ったら、びっくりしていた。

そして、NIZAMが言うには、うちらには、
1人目は男の子
2人目も男の子
3人目で女の子
が生まれるらしい。
何度も、自信たっぷりにそう言うから、ほんとにそんな気がしてきた。
3人産まないとめいちゃんは来ないのかぁ~。


でも、もしほんとに1人目が男の子だったら、その子を連れて、日本からプレゼントを持って、また会いに来るね、って約束した




NIZAMとババ。
NIZAMは40歳だけど、ババと毎日店先で遊んでて、子供のよう。今日もデジカメを貸したら、すごいうれしそうに何枚も撮っていた。
babanizam.jpg





おしゃべりしてるうちに元気が出てきて、ホテルへの帰り道、あたしもストール買った
インドは本当に服が美しい
今度単発でインドに来たら、たくさん買って帰ろう。。






プシュカルから電車の駅まで、バスに乗った
行きは1人9ルピーだったのに、今度は20ルピーだと言われた。
ちょっと待て、行きは9ルピーだった、って言っても
「No English」とか言いやがる
あげく、バスをわざわざ止めて、降りるのか払うのか、みたいになった。
誰かヒンディーと英語両方話せる人いませんかーって満員のバスの中で呼びかけたけど、みんなこっち見てるのに誰も助けてくれない。
しぶしぶ払った。

こういうすごく嫌な感じのことも、ちょいちょいあるなぁ、インド・・・
まぁ、それは日本でも一緒か。



あたしが怒らなくても、悪い人にはいつか天罰が下るでしょう。
(←手塚治虫の「ブッダ」で学んだ考え方。)







デリーには一泊だけして、明日の夜中にヨルダンに飛びます

アジアとしばらくお別れ。飛行機で飛び立つ、というのもあって、ネパール出国よりも感慨深い。

プシュカル

6月2日


もう6月だなぁ。。


プシュカルは、ほんとに居心地がいい町だ。
すこしツバルみたいな感じ。

道を歩きながら、会う人にあいさつする
たまには名前を教えあって、握手する。
子供がすこし恥ずかしそうに「ハロー」って言ってくる。
手を振り返すと、外人と話した!って感じでうれしそうにきゃっきゃしててかわいい。



「コリア?」
「ノー、ジャパニー!」
「オー、サヨナラー」

みたいなやりとりも何回もした。
何かを売りつけてくるわけでもなくて、それだけ。


こうやって少しでも、地元の人と会話できるのはうれしい。





今日は朝ごはんを店で食べてたら、すごい大音響とともに、サリーの大集団が通りかかった。
涙が出るくらいきれいな色興奮して鼻血も出そうだった

サリーズ1




サリーズ2





今日はヒンドゥーの大切な日らしくて、頭につぼと葉っぱをのっけて、ブラスバンドに先導されて、ずっと歩いていく。
うちらもふらふら引き寄せられるようについていったけど、まわりが砂漠みたいになってきたので、途中で引き返した。
町の外のお寺まで行くらしい。
なんだかハーメルンの笛吹きみたいだったなぁ
サリーズ3









しゃべらない修行をしてるババ(神様に仕えてる人、お坊さんみたいな。)にも会った。
「んー!」とか「あぁー!!」とかしか言わなくて、パントマイムみたいに話をするの。
子供にひざに乗られたり、ほっぺをひっぱられたりしても全然怒らなくって、自分の脇の下をぺんぺん叩きならがうひゃうひゃ笑ってる。
道行く人に、「ほーーーぅ!」とか奇声を浴びせて喜んでる。
しかも、たまに小声でしゃべっちゃってたし。だめじゃーん!



ババ。ハッピーマンだわ。
ムニババ







日中は暑いから部屋でごろごろ
出発時はちょっと心配だったけど、日本を出て5週間、西川と24時間一緒にいるのも慣れたものです。
空気夫婦になれそうです。
ituneをかけながら、お互い日記を書いたり写真を整理したり、本を読んだり。
西川の白髪を抜いてあげたり、今食べたいものは何か言い合って遊んだり。


ちなみにあたしが今一番食べたいものは、なぜかサッポロポテトのバーべキュー味
西川は、コーヒーゼリーだそうです。



今日西川が買ったストール。
「似合うなぁ」と自分で感心していた。。
西川ストール




夫婦になっていい事は、だんなさんのものも自分のものになること

思ったこと

5月31日


プシュカルに向かう電車に乗るために、朝ジャイプールの駅を歩いていたら、ホームに倒れている人がいた。全身にハエがたかって、おしっこも垂れ流しになって、でもがりがりの手だけは通る人に向かって震えながら差し出されてた。
そこだけ異様な雰囲気があった。


あの人は多分この駅のホームでこのまま死んじゃうんだろう。
明日かあさってかわからないけど。


もうすぐ人の歩くホームに突っ伏して死にそうな人と、旅行だか帰省だかで荷物を持って電車に乗る人は同じ空間にいる。
ぞっとした。


日本でもブルーシートの中で亡くなる人がいるわけで、広い空間で見たら同じことなのか?

でも、ホームでは、死ぬ、ブルーシートでは、亡くなる、と言い方を自然に変えてしまう。


ああなる前に、みんなでもっとお金を恵んであげてればよかったのか。
例えば、何か盗んだりして、刑務所にでも入ったほうが、いい生活だったんじゃないだろうか。



どちらにせよ、今あたしには出来ることは無かった。
かけよって抱き起こして、リキシャーでその女の人を病院まで運ぶことはあたしにはできなかった。
実際は、ぎょっとして一瞥して、もう一度振り返って2度見したくらい。


残像が頭にちらつく。



電車は逆方向に動き出したから、もう一度その人を見ることはなかった。




日本の戦後も、戦争孤児がたくさん駅で亡くなったらしい。
でも、インドでは最近戦争があったわけじゃない。
これが、カーストの目に見える不合理さなのか?


その先は?
その一歩先の結論が欲しい。
ここで考えが止まったら、何も意味がないと思う。何も見なかった、考えなかったのと同じ。
だからあたしはどうするのか、それが知りたい、と思った。
考え続ける?
一般的な結論は要らない、具体的な納得できる答えが欲しい。



夜、寝つきが大変いいはずのあたしは、しばらく眠れなかった。
答えもわからなかった。


5月31日

大きなトラブルなく、電車とバスを乗り継いでプシュカルという町に到着。

電車で寝るだんなさん。
電車




電車の黄ばんだ窓の外は、ずっと砂漠というか荒地で、たまに原色のサリーを着た女の人がやぎやひつじを追って風にふかれて歩いてるのが見えた。
中くらいの木が適当な間隔で生えていて、まるで半径10m以内の栄養はすべてその木にいってるから、それより外にしか次の木は生えない、って感じだった。
その木の形も、踊ってる人みたいのとか、首をのばしてるらくだみたいのとか色々あって。。
ずいぶん遠くまで来たなあ、とちょっとしみじみ。


荒地







プシュカルで、インド出国までの最後の数日をのんびり過ごす予定。

『深い緑色の小さな湖の東から北に位置する静かな町。湖はガンガーと同じようにヒンドゥーの聖地とされていて、巡礼に訪れる人は、この湖で沐浴する。』と歩き方に書いてあったから、期待してたら、湖は乾季で涸れていました。。。

断水の時のダムみたい。


でも町はいいサイズで、静かで、とても気に入った。
リキシャーを使わなくても、歩いて回れるし、同じ店の前を何回も通るから、だんだん町の人とも顔見知りになってく感じ。
商売商売してないのもよい。
洋服屋の中で、チャイを逆におごってもらったり、おいしいお店を教えてもらったり。
なにより、女の人のサリーが美しい。

プシュカル1



プシュカル2





サリー着てるとなんかドラマチックに見える
普通の服の男の人のバイクのうしろにサリーの人が乗ってると、みんな駆け落ちに見えるのはそのせいか。




同じ宿に泊まってる韓国系アメリカ人の女の人とも仲良くなった。
この人は、「Hey, my friend!!!」と色んな人に声をかけて、どんどん町の中に溶け込んでいく。
泳ぐように、人の間をにこにこしながら歩いていく。
2年くらい旅をしてるらしい。




なんかずっとあわただしかったから、ここで3泊できるのはとてもうれしい

湖が涸れてるってわかってたら来なかったかもしれないから、それもまたよし。

ドクター

5月30日



また朝からうん水と腹いた・・・


行こうと思ってたアンベール城には行かず、もう医者にかかることにしました
車とドライバーは今日までの契約だから、なんかほとんどツアー中寝てたことになる。
もったいなかった。。
西川にも悪いことをしました。



でもだって原因わかんないんだもん。
症状が出るの1日おきだし、食べ物も道ばたで売ってるやつとか食べないようにしてるし、日中外に出るときは頭に日よけの布を巻くようにしてるのに、なんでなんで??






往診でホテルの部屋まで来てくれたドクターは、とてもいい人で、血圧や体温のバイタルチェック、腹部触診などもきっちりやってくれました。
そして、点滴7~8本/5時間で補液されました。
点滴の数々



opeですか?!ってくらいのすごい量&スピード(クレンメほぼ全開)。
でも、9時くらいにその点滴はじめて、おしっこちゃんと出たの14時だからなぁ。
どんだけ脱水だったんだ?



そして、各種抗生物質も。
グラム+菌用のは点滴から打ったのに、グラム-菌用のはおしりに刺された。
しかも、抗生物質を注入してすぐにあたしがすこし咳込んだら、すぐに呼吸音を聴診しておしりに抗ヒスタミンの注射1本。
行動が早い。
インドだから、針とかディスポじゃなかったら怖い、とか思ってたけど、大丈夫だった。



完全に病人。
病床







西川も、興味津々という感じで、「アンベール城よりこっちの方が面白い」って見ていたら、下痢してたことをドクターに知られて、おしりに2本刺されてた。へへへ。




およそ6時間、ドクターとナースはずっと部屋にいてくれた。
しかも、夜また調子を見に+もう1本ずつおしりに注射しに、来てくれた。

お代は$770と破格だったけど、保険がカバーしてくれるでしょう。
しかしインドで1日に$770も稼げる人はなかなかいないと思うぞ




ドクターマリオみたいな薬をいっぱいもらって、なくなるまで飲み続けなさい、と言われました。
それぞれの薬を飲むタイミングが指定されてて、朝6時から夜10時まで、芸能人のようなスケジュールです。
西川とお互いに忘れないように注意しながらやっていこう。





点滴はほんとにやだ
してるだけでそっちの腕に変な力が入るし、寝返りもうてないから、体がばりばりになっちゃう。
トイレとか行くときも超邪魔だし、なにより病人気分がすごい。
病院に戻ったら、患者さんにはなるべく左右希望の腕で、関節じゃないところに点滴してあげよう。。。と思うのでした。

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HP50

5月29日


起きたら鶏ガラになってた
がりがりです。
胸骨まるみえ。


でも、体は楽になってた。
昨日寝たきりだったから、それで弱ってるっていうのはあるけど、病んでるかんじはしない。
1日おきで体調がこんなに劇的に変わることってありえるのだろうか??


でも、トイレ行ったらちゃんとおならが出たしなぁ。
下痢のあとは、おならが出せることが喜び。。知らなかった。。。






とりあえず、ジャイプールに移動。

ホテルにチェックインして、ちょっと休んでからまた車に乗り込んだら、置きっぱなしにしちゃったバナナが1本、生き物のように熱をもっていた
あぁ、こうやって、パチンコ中に子供が死んじゃうんだね。。


ほんとに、この暑さはどうしようもない
観光で外も少し歩いたけど、もはや命がけ、ってかんじ。
夏生まれだし、夏大好きだと思ってたけど。。
乾季生まれじゃないからかな。。

ふらふらの写真。
かがみ











でも、夜すごくうれしいことがあった!!

試着したり店を変えたりして、西川とドライバーを、待たせまくったあげく、とうとうサリーを買っちゃった!!
原色がいいと思ってたけど、やっぱりインド人くらい肌の色が濃くないと似合わない。
ちっちゃい子がお祭りできる浴衣みたいになっちゃう。
浴衣サリー





これはなんか未亡人みたいだし。
サリー未亡人











それで、これにした!!!
病み上がりなのと日焼けで、なんか顔がどすぐろい&すっぴんですが。
ブラウスはちゃんと採寸もしてオーダーメイド!!
買ったサリー






2300円くらいだった。
目が利かないから、これで高いのか安いのかよくわからないし、サリーって言ってもほんとにピンきりだから、これくらいでいいかな。



買い物すると、それだけでHP50くらい上がる~~~

インディアンサマー

5月28日


うん水・腹いた・嘔吐。。。



なんでーー!!???何がいけないの???



今日ジャイプールに移動するはずだったけど、出発できず。。

日本でこんなになることないから、ここ数年で1番きつかった。
どっと1ℓくらいうん水が出て、それをのぞきこみながら胃液を吐く。。(汚くてすいませんが。。)
もう汗まみれ、涙まみれ




やさしいやさしい西川は、今日はホテルに足止めなのに文句ひとつ言わず、お灸してくれたり、ジュース買ってきてくれたり。ずっとそばにいてくれた。
同じベッドのとなりで本を読んだり一緒にうとうとしたりして、なんだか入院してるあたしの病室に泊まりにきてくれてるみたいだった。
自分が苦しいときは、人にやさしくなれるけど、その逆はむつかしい。
西川をふつうに尊敬した。
その西川もエアコンにやられて咳と痰がすごいんだけど。
傷をお互いなめ合う鹿のようです。。



あたしは寝たままで、キスするようにちゅうぅと少しずつジュースを飲みながら、
「吐きたくない、吐いたら栄養にならない、幽門早くひらけー」って思ってた。
(どうでもいいけど、幽門・テレビチャンピオン・大食い、でピンと来る人いますか?)



あぁ、全然予定通りに動けない夏のインド。。
「インディアンサマー」とかいう曲とか小説とかが書けそうなくらい(?)のすさまじいパワー

インド史上最も暑い乾季らしい。新聞の一面に載ってた。
48℃とか書いてあったから、きっと体感温度は50℃超えでしょう。





もっと強い装備でこなきゃだめだったか~。
及川さんお勧めの正露丸ももうあと3粒しかない。。。
ラックビーとかミヤBMとか持ってくればよかった。。
あと、クーラー用の上気道炎用抗生物質?。のどあめでもいいか。




どんどん熱もでてきて、自分でも体が熱いのがわかる。
なにがなんだかわからん。
それでまたうとうとして汗をすごくかいて起きると、解熱していた。

体が戦っているのだなぁ。

体を軽く拭いて、ねる。

タージマハル

5月27日


昨日の夜、ちょっとお腹が痛くなって、うんにょが出たの
こわいな・・・って思ってたら、今朝うん水


でも、もうデリーに足止めはやだ!!ってことで、行くぞー!とツアーに出発
政府の旅行会社で頼んだんだけど、デリー→アーグラー→ジャイプール→デリーの3泊4日移動費ホテル代込みで3万円くらい。
1日6000円がうちらの旅の予算だし、インドでは、破格の高さかもしれない、とわかりつつ、安定しない体調に保険をかけるつもりで、また、旅行会社の人がすごく頭がよくて意気投合したため、申し込むことにしたのです。
だまされてる!と思うか、よかった!と思うかは、本当にその人次第。




でもやっぱり、観光しててもあぢー。
超あぢー。
こないだのデリーの観光の時みたいに、写真を後で見てなんとなく思い出すんだろうなぁ。。

暑い。。。
お疲れ




アーグラーの街自体は、全然魅力的じゃなくて、
「でもタージ・マハルは絶対見たほうがいいよ!Breathtakingだよ!」
ってこないだ結婚した幸せないとこにfbで言われたから、来てみたの。




だからチェックインした後は、夕方まで部屋でごろごろ
ちょっと香水くさいけど、今までで一番きれいな部屋。
トイレットペーパーもあるよ!(ネパールにいるときから、水で流して手で拭いています。それが普通なの。)

昼ごはんも385ルピー+チップ10ルピーだったし、ホテルに入るときザックをポーターさんに運んでもらってチップ10ルピーあげたし、なんかいきなりバブリーだわあ。
水もデリーでは10ルピーだったけど、15ルピーで買ったし。
まぁ、同じとこに長くいないと、どこの水が安いか、とかわかんないんもんね
この3泊4日はすこし優雅に行こうかな




超どうでもいい話なんだけど、
部屋で、昨日から西川のituneの懐メロ(結婚パーティーのBGMでした)を聞いてるんだけど、やっぱり10代で聞いてた曲の力はすごいしかもほんとに名曲ばかりじゃないですか???
華原ともちゃんの「I’m proud」とか、歌手デビューしてしかもプロデューサーの小室さんに寵愛されてる、っていう、ものすごいパワー・輝きを感じるし。。





そして夕方タージへ。
うわー、来てよかった、あやちゃん、本当にきれい。
タージと俺たち


中にも入ったけど、外から全景を眺めるほうが美しい。
俺とタージ


4本ある塔のひとつ。
タージ柱





外国人は入場料1人750ルピー=1500円て明らかに高すぎだけど、もし200ルピーとかだったら、そして夏じゃなかったら、本でも持っていって、ベンチに座ってタージを見ながらのんびり読書したいなぁ。
タージと木




めずらしく、日本人の旅行者にタージで会ったと思ったら、世界一周中の女の子だった
えりちゃん。
えりもしくはえりこ、という名前は、今まですごくいい子しか会った事ないから、名前聞いただけで当たり!感じだった
カウチサーフィンなるシステムを教えてもらったよ
その国のふつうの家庭で、外人旅行者を泊めてもいいよー、っていうコミュニティーが世界中にあるらしい。
へー
そしたら宿泊費もお土産代だけで済むし、なんかよさそう。

さて、この先利用することはあるかな??

布の世界

5月26日


朝起きて目が合ったら、第一声で西川が「元気だよー」って。
よかったよかった、回復してきたみたいだ。




お昼すぎから、寝続ける西川を置いて、家出した。


そしてバザールへ行って、布の世界へ・・・

あー、ほんとにめくるめく布の世界、ってかんじ

どれもきれいすぎるよ。いっぱいあるとなおさらきれい。。
まけて?ってお願いしたけど、うちはfixed priceだからだめだ、とばっさり。
でも、あんなきれいな布(ショール)を、100ルピー=200円で売ってるなんて、狂喜だよーーー
10枚くらい欲しかったけど、とりあえず1枚。。
ヨーロッパでも使えそうなモダンさ、かつ、なんかなつかしいような水玉もよう、かなりハイセンスな柄と見た!!
着こなせるかな?

水玉






それでひとりでターリー(カレーセットみたいの)を食べて、なんかイタリア人みたいなインド人と道端で少しお話して、日射病になりかけながら帰ってきた。
あの、ティアドロップ型のサングラス(ふちが白だと特に)かけてる人はみんなイタリア人に見える。。



3時頃帰ったら、あたしが鍵をかけて出かけちゃったので、
「おかえりー。軟禁されてるから、水がなくなったらどうしようかと思ったよー」
って西川に言われて、なんかかわいかった




夜、ごはんを食べて帰ってきたら、昼間頼んでた洗濯物が出来上がってた
自分で洗濯はしないでください(部屋がかびるから?なんでかな?)、ってかわりに、ホテルがやってくれるのだ。
それで、部屋まで持ってきてくれたんだけど、昼に「it costs?」「no madam, it’s free」っていうやりとりがあったにもかかわらず、50ルピー要求された

疲れてるのもあって、
「絶対払わない!!!だってfreeって言ったでしょ?!F-R-E-Eのfreeだよ、わかるーー??Made a dealしたでしょ!!I'm saying I'm NOT paying!!!」
ってすごい剣幕で怒ったら、
「わかった、1階のマネージャーのとこに行こう」
ってなったので、マネージャーにも、昼間からのいきさつを全部説明して、結局ノープロブレムになったんだけど。

はじめに言ってくれれば、頼まなかったよ。
あとで言うことを変えるやつ、だいっきらい

西川は、英語で怒れるなんてすごいなぁ、と感心してたけど、あんまり好きな人の前でぎゃんぎゃん怒ってるとこって見せたくないなぁ。。




てかこのホテル、チェックインの時から気に入らないんだ
それまで泊まってたとこのオーナーが紹介してくれたから来たんだけど。
西川が体調悪かったから、夜11時くらいに駆け込むようにチェックインしたのに、1回部屋に入ってベッドに倒れこんだ西川をもう一度1階まで呼び戻して、チェックインのサインをわざわざさせた。
手続きはあたしがするから、寝かせてあげて欲しい、って頼んだのに、NO,部屋から出て、の一点張り。
サービス産業なめんなよ。
デリーのHotel Queen Palaceには泊まらないようにしましょう。って歩き方に投稿しちゃうぞ
プロフィール

くじら日記

Author:くじら日記
2009年12月23日に結婚しました。
だんなさんは鍼灸師、わたしは病院での研修医を終えて、1年間の休みを取っての世界一周新婚旅行。
日記を、人が見てもいい文章で書くのってどうやってやるのかな…?と思いつつ、旅の記録を残したくてやってみました。

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