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感想文 後半

感想文 後半


でもね、だんなさんと2人でずっといたことのも悪い影響もあるのだ。(悪い影響っていうか、あたしが勝手に引き起こした問題かな。だんなさんが悪いわけではありません。)

いつかの日記にも書いたけど、甘えさせてくれるだんなさんといつも一緒で、あたしはどんどん甘えん坊の、1人立ち出来ない困ったちゃんになってった気がするんだよね。。
普通の社会生活と違って我慢することがあまりないし、「やだ」って言ったらだんなさまが代わりに何かやってくれるし、落ち込んだりすねたりもし放題。だんなさんはさぞかし困ったでしょう・・・。
日本に帰ったら、もっと厳しい人間関係や状況に鍛えられようと思います



あともうひとつは、トークの切れ味の低下、があげられる。
だんなさんと話すときは、比較的まったりした、のんびりした内容が多い
感じることも似てるし、物事に対するお互いの反応もなんとなく予想できるし、あ・うん、じゃないけど、声高に何かを主張しなくても、わかりあえる。
他人との、酒の入った勢いあるトークも、ガールズトークも、日本にいたときに比べると旅中は格段に少なかった。
たまに同じ宿の人(特に日本人宿にて)と仲良くなって何日か過ごすこともあったけど、みんなそれぞれの予定で移動してるし、あんまり同じ人と長く一緒にはいれないんだよね。
そうすると、するどいつっこみをしたり、毒舌を吐きあう関係までなかなか行けなくて、もちろんすごい楽しいんだけど、丸い会話が多いわけね。

帰国後みんなと久しぶりに会って、「あーこの人なんかつまんなくなったなー。」と思われたらどうしよう・・・。それか、毒舌のつっこみ具合がよくわかんなくなってて、深く切り込みすぎたりしたらどうしよ・・・。痛いね
これも、リハビリしなくては。。





あと、旅生活では、体の面の変化もあったな。
まず、10ヶ月間1回もヒールをはかなかったから、足の裏の魚の目とかいぼ(?)がきれーに消えた。これは良かったことだけど、マイナス面として、28歳の肌に、今回の旅行のダメージは大きかった、、、と思う
まず貧相なコスメね。化粧水だけは日本から送ってもらって、安いけど肌に合うもの使って、インドで買ったHIMALAYAブランドの顔用ゴマージュもたまーにしてたけど、メイク落としと洗顔はふつうの石鹸でごしごし洗って済ませてたし、乳液もすんごい気が向いたときだけしか塗ってないから、はじめ日本から持ってきた小さめのボトルがまだ残ってる。。

そして、日焼け。常に暑くて紫外線が強いとこにいたわけじゃないけど、やっぱり日本で学校とか仕事に行ってた時は屋内にいることが圧倒的に多かったのに対して、旅行中はだいたい1日中外にいたからねー。トータルで浴びる量が違う。特に最後のイースター島では真っ黒になっちゃった。ボディーボードが効いた。
なんやら『しみ』といわれるものがたくさん出現しています。。小さい頃の日焼けとかも蓄積してるから今回の旅行だけが原因じゃないと思うけど、ありゃありゃ、だね。
まぁ、にきびよりは全然いいけど。そばかすのたくさんある外人みたいな顔になったと思おう。


それから、体重は多分マイナス1kgくらいかな、と思ってたら、全く出発前と変わってなかったわ。お腹はぺったんこなんだけどなぁー。
インドでの下痢で1度げっそりして、それはパリでの素晴らしい食生活で戻ったんだけど、その後も食費も盛大には使えなかったし、いつでも好きな時に冷蔵庫開けてなにかつまむ、とかも出来なかったから痩せたかと思ったんだけど。


一方、だんなさんは虫さされのあとが全身にある以外は、体型はほぼ変わってない。
ひげは生えたけど。ひげは日本でも生やし続けて欲しいなー。ひっぱって遊ぶの面白いし、あたしひげ派だから。
あと、下唇のすぐ下に生えてるちょびっとしたひげと、あごに生えてるもうもうのひげの間に、5mmくらいの無毛地帯があるのも今回の旅行中の発見
この部位の名前って何??っていうのがずっと気になってた。うちらは鬢溝(びんこう)っていう名前をつけたんだけどね。

うーーん、そんくらいかなー。






世界の色んな国の文化や人々と触れ合う、とかそんな大それたことは出来なかったと思うけど、色んな場所に実際に行って、そこの空気を吸って、そこの食材を食べて、っていうのは、意識の底に溜まる経験だったと思う。身をもって多様性を知った感じ?
帰国後の生活に直接影響するかわからないけど、世界には色んな場所、色んな基準、色んな生き方の人がいる、っていうことを知ってるだけで、今目の前にあるこれだけが全てじゃない、っていう心の余裕が持てて、日本での生活が少し楽になるかもしれないな。






そして、一番大事な当初の目標『離婚しない』『2人とも元気で帰ってくる』は見事達成~!!わーい
日本に帰っても、この2つさえ出来てれば、大抵のことは楽しく乗り越えられるはずだわ。
がんばろう、だんなさま





旅行もブログもこれでいったん終了。でもね、これでめでたしめでたしー、ってわけじゃない。

むしろ、これからだな

日本ではどんなことがあるかな?、誰と会って何を話すかな
旅行と違って、毎日違う場所に行ったり、違う人に会うわけじゃないから、毎日を楽しくするのは自分。
いいバランスを意識して保てるといいなぁ。


そして、旅行中、特に後半半年は、日本シックになってたこともあり、日本に帰って定住するんだ、日本が一番いい、って思ってたけど、やっぱり今はまた旅したいなー、と思うの。
日本が大好きっていうのは変わらないけど、また必要になったら、旅しようかな、とだんなさまと話しています。次は子連れか





ブログを読んでてくれたみなさん、ありがとうございました。
続きはまた会ったときに話そう。

では。また
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感想文 前半

感想文 前半


このブログは、約10ヶ月の世界一周新婚旅行中、毎日ノートに書いていた日記を、再編集してパソコンで打ち直したものです。

2010年4月25日に日本を出発して、2011年2月23日に帰国するまで、ネパール、インド、ヨルダン、エジプト、イタリア、スペイン、モロッコ、フランス、アメリカ、メキシコ、グアテマラ、キューバ、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンと16カ国を訪れました。(バチカン市国もいれたら17。)

1度やる、と決めたら、やりきらないと嫌な、A型の性格(部屋の整理整頓とかはできないんだけど)。
もともと文章を書くのは大好きだけど、毎日B5/A4サイズのノート1ページをぎっしり埋めて、さらにそれをもう一度パソコン上で書き直す、というのは、すごい分量だったなぁ。。
こんなに毎日文章を書いたのは、はじめてかも


でも、ブログという形にしたものの、誰かに読んでもらう、というよりは、ほんとに自分のため。
自分達の大きな記念になるであろうこの10ヶ月を、後からでも視覚的に振り返ることが出来るものを作りたい、と思ったの。



約10ヶ月の世界一周新婚旅行
生まれて始めての体験や、言葉も出ない超絶景、良い友人との出会い
非常に心に贅沢な日々だったと思う。

でも、特にイベントらしいイベントはなかった日、移動でずっとバスの中にいた日、部屋にこもってパソコンばっかりしてた日ももちろんあった。

おおきな出来事だけをクローズアップして書く方が、ブログって読む人も楽しいだろうし、記事も粒ぞろいになるのはわかってたけど、そういう他人に話すようなことは何もない日でも、頭の中で考えが止まる事ってない

「旅行」として体験したこと以外の事も10ヶ月間毎日細かく書くことで、あとから見返えしてその期間自分がどういう人間だったのか、まわりの環境をどういう風にとらえていたのかわかると思ったし、砂絵みたいに浮き上がってくるそれが何なのか自分でも知りたかった。




旅行に出る前、「10ヶ月かけて世界一周をすること」と、「たったひとりの人(だんなさん)と10ヶ月ほとんど毎日24時間一緒に時間をすごすこと」は、2つの違うことだと思う、とこのブログに書いたと思うけど、それはその通りだった


ネパールで見たエベレスト、インドの色とりどり極彩色のサリー、エジプトの砂漠、パリの親戚のお家での居候生活、カリフォルニアJMTで1ヶ月のトレッキング、グアテマラのスペイン語学校(パソコンも盗まれたな…)、メキシコの死者の日、パタゴニアの氷河、イースター島のお祭り。。
旅行に出る前は、想像も出来なかった世界だった。旅行してほんと良かった



でも、同棲もしたことないし、結婚後も別居のまま旅に出たあたしには、西川と文字通りずっと一緒にいる、って事の方が、大きな体験だった気がする。


けんか、たくさんしたよ。安否確認の意味もあり、だんなさんの家族もあたしの家族も読んでるから、そんなに毎回記事にはしなかったし、赤裸々にも書いてないけど、こわーーいのもたくさんしたね


「旅行に出てから知ったあたしの性格ってある?」って西川に聞いたら、「意外と短気」と言われた。。そうかもねー・・・。けっこうぷちぷち切れてたかも。
あたしも、自分で自分の嫌なとこいっぱい見たし。けち、めんどくさがり、優柔不断、自己中、他人(だんなさま含め)のミスには厳しいのに自分にはゆるい、甘えん坊、なまけもの、などなど。
逆にだんなさんにイライラしたこともたくさんあったけど、それは実際だんなさんの言動が原因の時と、あたしの機嫌・虫のいどころが悪かった時と、両方あったと思う。
基本的にはだんなさまはすごく優しくて、あたしのことすごく大切にしてくれた。ありがと





そして、10ヶ月経てたどり着いた良い夫婦関係のコツは、『ずっと一緒にいる相手なんだから、概ねプレーンのクラッカーくらいのキャラがちょうどいい』。

あたしは、きゃっきゃっ!!ってテンションの時が多いけど、それが毎回毎日だと、だんなさまも疲れるのね。自然、反応も鈍くなるからあたしもつまんなくなってくる。
チーズ味プリングルスは無敵に美味しいけど、毎日1箱は食べれない。薄い塩味だけのクラッカーは、それだけでも食べれるし、お好みで何かのせて食べたりもできる。味に強い癖がないから、いつの間にかいっぱい食べてる。飽きない。そういうこと
クラッカー、とか、プリングルスっていう例えが、外国を旅してきた感じするでしょ
今後はクラッカー妻しょうを目指すのだ。引き算の行動も出来る、賢い妻しょうになるのだ。



旅行中の経験全てを共有したうちらだから、きっと仲良くやっていけるはずだよね。
この旅行中に強化された心のつながりは、けっこうすごいだと思う。記憶の一部が同じデータなんだからさ



後半へつづく

最後 マイナス1 帰国

2月21日

西川に起こされたら、もう10時だった~
今日はこの旅の最終日。

帰国の飛行機は夜だから、イースター島に行く前に行こうと思ってたワイナリーツアー(Concha y Toro!!)に今日行こう、と思ってたんだけど、一番遅くても2時からのワイナリーツアーには参加しなきゃだから、ってことは12時には宿を出発しなきゃいけない。
で、最後のパッキングは感慨深いし、ワインやらビールやらも買って中に入れるし、何より最後の日にがちゃがちゃあせりたくなかったので、ワイナリーはやめにしました。
また、今度ね


ブランチに、いつも通りのトマトアボガドパスタを食べ、さくさくWifiして、昼過ぎにスーパーへ。ビール2本、ワイン4本買ったー。歩き方によると1人免税は3本までらしいから、これでMAX。
いやー、今思えば、ボリビアやペルーとか、物価が安い国でもっと色々お土産買っとけばよかったな。。


かっちりお酒のビンを囲むようにしてパッキング。これまたこの10ヶ月の集大成。これを次開けるのは、日本だぜー



最後、宿で少しゆっくり。あたしはパチパチ、西川は宿で交換した本「プロジェクトX」を読んでた。


旅での最後のごはん(機内食を除いて)は、生ハム!!って決めてたうちら。日本だと高いし、こんなにたくさんはしばらくもう食べれないだろうと思って。
宿の近くのスーパーには売ってないの知ってたから、そろそろ、買いに行く?とちょっと遠くの大型スーパー、Liderに向かって歩き始めた。けど、遠いなーーー…

そしたらやっぱりスーパー内の肉屋では売ってなくて(なんで?!)、パックのやつになっちゃったけど、買えて、超早歩きで宿まで戻った。飛行機に間に合わなくなっちゃう

ちゃかちゃかトマトとアボガド切って、生ハム一人100g食べて、ビール買ってこなかったのを悔やみ、みんなで記念写真撮って、美肌としこに使ってる基礎化粧品のメーカー聞いて、出発!!(あたしも帰ったら試すわ、PGCD!!)


生ハムーーーー
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記念写真。こんな風に、旅行中会った人達って、みんなですぐ仲良くなってたくさん思い出作ったね。ありがとね
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今夜は、イースター島で一緒だったまなちゃんもここに来る。また楽しい夜になるんだろうなーー。うちらはもうそこにいれないんだなぁ。。
みんな、これからも旅を続けてく人達。色んな人に会って、友達になるんだろうから、あたし達のこと忘れちゃうかな。ぽろり。忘れないでー、忘れないよー





行き先は違うけど、同じくらいの時間の飛行機に乗る人がいて、うちらと合わせて4人で空港行きバスに乗った。
もう日本帰る気満々。乗ってるチリ人のおばちゃんが薄いオレンジのペディキュアをしてるの見て、あたしは帰ったら何色のジェルネイルにしようかなー、とかもう考えてた。

でもやっぱり、搭乗ゲートの前まで一緒だったおなちゃんと、握手して別れる時は、体が震えたよ。
これで終わるんだ!!!って。


アメリカンエアラインの機体は、なんかぼろくて、夜行便なのにリクライニングほとんどしない・・・。スチュワーデスも、なんかおばさんばっかりだぞ
寝る前、今まで旅の間に会った人達で、誰が印象的でお気に入りだったかを2人で言い合ったら、すごくかぶっててうれしかった。さすが、夫婦!!
そして、日本帰った翌日、西川の誕生日(2/24)は、漫喫→スパ→誕プレ買い物、っていう予定に決めたぜ!!




朝、アメリカのダラスに着いて、乗り継ぎ便を待ってるときは、もうすでに感傷はなし。旅行中は日本人のおじさん世代をたくさん見ることはほとんどなかったのに、ここに来て出張帰りぽいサラリーマンがたくさんいて、物珍しかった

エンジン内の氷を溶かす液体が入ってるタンクに異常があるかもしれない、ってことで、出発ロビーで2時間くらい、さらに機内に入ってからも2時間くらい待たされたー。乗ってから離陸するまでに、映画一本見終わっちゃったもん

『バーレスク』ってやつ。でも、めちゃくちゃ面白いミュージカル的映画で、飛んでる間ももう一回リピートしちゃったー。帰国してから知ったけど、主演はクリステイーナ・アギレラだった!!DVD欲しい!!!

おばさんスッチーに聞いたら、2時間遅れで到着の予定です、って言われたから、途中で巻き返すのかな??って信じて乗ってたけど、やっぱり着いたのは4時間遅れだった。。

でも、降りたら乗り継ぎ便の案内をする地上スタッフが、ずらっと行先別に並んでて、やっぱり日本はすげー…と思ったのでした。



10ヶ月で計23回の離着陸、飛行機1回も落ちなくてほんとよかった。最後のフライトとか、これで落ちたら超ドラマチックなだけに、ドキドキしてた・・・。




2月23日、午後6時、無事日本帰国!!!
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リムジンバスで新宿へ向かう。チケット1人3000円。いきなり旅中の1日の生活費が飛んでった・・・
でも、2つ座席占領して窓から夜景を見てると、長期旅行してたなんてすでに信じられない。乗って10分くらいで、完全に日本に馴染んでる自分がいた。



新宿に着いて、ママがバスまでうるうる迎えに来てくれて、ザックを車のトランクに積んで家まで帰る。
ジジ君(うちの超かわいい頭のいいミニチュアシュナウザー)に話しかける口調や、リビングの床で滑り込みしてスライドするのとか、なんか10ヶ月前と全く変わらないことをすんなりやってる自分。念願だったお風呂ですら、なんか普通に入っちゃった
いやー、さすが日本。さすがマイホーム

おじいちゃま、おばあちゃま、ママの妹のあやちゃんママまで、うちに来てあたし達の帰りを待っててくれた。




西川敏弘、西川祥子、無事に10月の世界一周を終えて帰ってきました!!!
感想はまだなんかうまくまとまらないけど、ほんと行ってよかった、楽しかったです

JMT 下山後その2 LAへ

9月11日

ふかふかベッドで目が覚めて、まだ夢の中かと思った
なーーーーんか、昨日はすごい1日だったなぁ。JMT中に食べたチョコレートで、ラッキーナンバーが書いてあるのがあって、『10』があったよなぁ。昨日は、10日でした

西川がもう起きてて、部屋の隅っこで何か書いてるから、何かと思ったら、「俺はおかしょうみたいに英語がしゃべれないから、ジョンとチャーリーに手紙書いてる」だって。


ほんと、ジョンとチャーリーには感謝してもしきれないです。1か月も山にいて小汚くなったアジア人2人を拾って、お家にも泊めてくれて、おもてなしづくし。
心に本物の余裕がある2人って感じがした

うちらが起きた時にはもうお化粧もばっちりだった奥さんのチャーリーは、キルト作りが趣味なんだって。家の2階が全てアトリエになってて、大きい機械とかも置いてあるの。チャーリーの作品はキルト専門雑誌の表紙になるくらいの腕前なんだよ。感動してしまった。
チャーリーは、「誰にでもひとつくらい好きで得意なものがあるでしょ?私はそれがキルトなの」と。
アトリエ。
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2人とも、料理も大好き、人をもてなすのが大好き
そしてもちろん山が大好き。
なんか、ユダヤ人大富豪(『ユダヤ人大富豪の教え』っていう本があるんだけどね。)を思い出すよね、と後で西川が言ってたけど、まさにそうだわ・・・。リアルユダヤ人大富豪だー


朝ごはんは、そば粉のパンケーキ。ジョンがその場でどんどん焼いて作ってくれたよ。友人が作ってくれたっていうジャムもすごく美味しかった。食生活も、とても洗練されてる。知的レベルの高さを感じます。
色々お話もしながら、楽しい朝ごはんだった

食べた後は、グラントキャニオンやセドナに旅行した時の写真をたくさん見せてもらったよ。
人生を楽しく生きてく技?こつ?をたっくさん知ってるお2人。本当に素敵


久しぶりのインターネットも使わせてもらいました。ありがとうございます

そしたらね、facebookでChristine(あたしのサンディエゴ留学時代のルームメートちゃん)から「お願いだから、山から下りてきたらtelして!!大事な話があるの」っていうメッセージが届いてたから、何かと思って、電話も貸してもらってかけてみた。


そしたら…、山に行く前に、ChristineのLAのお家に送らせてもらってた、おおきいザックが、行方不明になってたのでした。Christineはすごく申し訳なさそうにしゃべってて、かえってこっちが悪いことした。「郵便局にも行ったし、電話やインターネットでも調べたんだけど、どうやってもわからなかった」と。追跡番号持ってるのはあたしだし、ごめんよ。

とりあえず、あたしも探してみるから、また連絡するよ、と電話を切ったら、電話を聞いてたチャーリーが大体の事情を飲み込んだらしく、昔彼女が会社を経営してた頃、10000ドル(!)の小切手が入った封筒に宛名を書かずに投函しちゃった時の話をしてくれた。

行き先がわからない郵便物は、一度dead mail office、っていうところに集められて、一定期間保管されるから、大丈夫よ。あなたは追跡番号もあるし保険もかけてるんだから、絶対にむこうだってすぐ捨てたりしない、必ず見つかるわよ、と言ってくれました。10000ドルも、結局無事に返ってきたんだって





LA行の電車の時間が迫ってたので、パッキングする。昨日ハンバーガーを食べたお店で、山のワッペンやかわいいポストカードを買ったんだけど、それをおそらく忘れてきたことに気付いた
多分、ジョンとチャーリーの車に急いで乗せてもらった時に、置きっぱなしにしちゃったんだー。もう手に入らないだけに、へこむ・・・
それに、昨日のバーガーと一緒にフライドポテトを食べてからずっとなんだけど、なんだかお腹が気持ち悪いんだ。色んなことがいっぺんにたくさん起こったから、体がついていってないのかなー…。昨日のビール1本で二日酔いとも思えないし。



昨日洗っていただいた服も全てパッキング。自分がきれいになっちゃったから、すでにザックが薄汚く思える…

出発前に、念願の体重計をかしてもらった。これだけハードな山歩きを1か月以上続けたんだ、どれだけ締まったかな、と思って乗ったら、106ポンド=48.2㎏。ほほぅ、あんまり痩せてないぞ。良かったような、ちょっとがっかりしたような。
でもこれって、脂肪が全部筋肉に変わったんじゃないだろうか




そして、ジョンが運転する車で、駅までドライブ
実は、ここから駅まではなんと1時間半くらいかかるのね。でも、チャーリーに「そっちで買い物したいものあったし、ついでだからいいのいいの」と気前よく言われて、これまた甘えて送ってもらっちゃいました。
切符を買うところまでちゃんと見届けてくれて、4人でかわるがわるハグして握手して、「Do stay in touch(絶対連絡取りあおうね)!!」と別れたよ。
この人たちは、神です。神2人
西川も、書いたポストカード、別れ際にちゃんと渡してたよ。

本当にどうもありがとう。素晴らしい出会いでした
みんなで記念に撮った写真のデータがこの後盗まれてなくなっちゃったのが、本当に残念。




電車が来るまで少し時間あったから、近くのお店で、念願だったブリトーを買って電車の中で食べた。山にいるときから、ずっと食べたかったんだー
山だったら、登山口にザック置いたままお店とか行けたけど、さすがに街ではこわくて出来なかったよ。電車だからだと思うけど、太った黒人とかヒスパニック系の入れ墨がんがん入ってるマッチョとか、山と比べて一気に人の質が変わったし。なんか、悪い余計なものが体にも心にもたくさんついてる感じ。





そして、LAへ
JMTの前に一度来たから、「ただいま」感はあるけど、まったく魅力的ではないわ。別世界って感じで。

ザックを探すために行ったlittle tokyo内の郵便局で、まじ態度悪いファックな日系の従業員野郎のせいで、かなりいらっとさせられた上に時間もロスして、結局ザックを探すのは週末明けの月曜まで持越しになりました(今日は土曜日)。。それまでは着替えもないし、コンピューターもないよ

でも、郵便局の近くで、ヒスパニック系のおばさんが、困ってるうちらを見て、携帯を貸してくれたり、図書館ならインターネットが無料で使えるよ、って教えてくれたりして、すっごく親切にしてくれた。
西川いわく「色んな人がいるんだねぇ…」。ほんとそう。捨てる神あれば拾う神あり。まぁあの郵便局のはげは、神なんかじゃないけどね



夜は、Christineと何年かぶりの再会!!
とりあえずザックのことは置いといて、Korean BBQLAでも有名なお店らしくて、激うまだった
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一緒に住んでた頃よりも、なんだかもっと分かり合えるような感じがする。女子2人、ずっとしゃべりっぱなしだったよ。日本語を勉強してるChristineは、西川に日本語で話しかけたりして。
これもまた、8年越しの素晴らしい出会い






ここまでで、JMT編はおしまい。このあとは、アメリカ編の9月12日につながります。読んでくれてる人、ありがとう

JMT 下山後その1 ジョンとチャーリー

9月10日 つづき

ゴールを喜んだあとは、登山口の横にある売店で、バーガーを食べた。生の野菜が入ってることに超感動。ジューシーな肉とか最高。ここのハンバーガーは有名らしいけど、そりゃ長期間山にこもってて、それでこのバーガー食べたら誰でも絶賛するね。



そして、ヒッチハイク用の看板を作る。
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すごくかわいく出来て満足だったけど、話しかけてくれる人は、これまたことごとくここより北から来た人ばっかり。今日のデイハイクの人たちが下山してくるのはもうちょっと遅そうだし、気長に待とうかね、と道端に座ってた。そしたら、何台も見送った後、プップ、ってクラクション鳴らして止まった車があった
さっきのハイテンション老夫婦。「乗ってく?」と窓からおじいちゃん。

行きます!!と急いで車に乗っけてもらう。とりあえず、この2人が住んでるRidgecrestっていう街まで連れてってもらうことにした。こことLAの中間地点くらい。
そしたら、車の中で奥さんのチャーリーが、「もしよかったら、今日は家に泊まっても全然構わないわよ」と言ってくれた。。いやいや、それはお世話になりすぎじゃ…って思ったけど、「全然気にしないでいいわよ、hikers do things like this(山をやる人ってそういうものでしょ).」と。それで、お言葉に甘えてお家へ。。
明日LAまで行くのに、レンタカー借りる?って行って途中レンタカー屋さんにも寄ってくれた。




おうち、すごすぎ…。超広い2階建て。全部自分たちでデザインして建てたんだって。
「飲み物なにか飲む?」って言われて、「じゃあ2人で1本でいいので、何かいただけますか?」って答えたら、「だめ、1人1本飲んでいいから。コーラ?ペプシ?ビール?水?炭酸水?」って。
じゃあ、と恐縮しながらコーラとペプシをいただきました。久しぶりの炭酸。。うまい

部屋はここね、とうちら専用のベッドルームとシャワールームも用意してもらった。ちゃんと新品のシーツやカバーでベッドメイキングまでしてくれて。ホームステイを思い出したよ。
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夜ごはんまでゆっくりしてね、と言われて、まず、バスソルトとかなんか色々豪華なアイテムがあるシャワーを借りた。1週間ぶりだったから、全身きれいになってほんとにリフレッシュ
しかもその後は、さらに洗濯までしてもらっちゃった。靴下とか、かなり危険な香りがしてたけど、奥さんのチャーリーは、「山にいったら誰でもそうなるんだから。」って。ダウン用の洗剤もあるわよ、とダウンまで洗ってもらっちゃった


ここまで書くだけでも、この人たちのホスピタリティーは半端ない、ってわかるけど、さらにまだまだある。


「スーパーに夜ごはん用の買い物行くけど、アイスとか食べたくない?あなた達何フレーバーが好き?」って聞いてくれて、あたしはストロベリー味、西川はチョコ味って言ったら、1人1つ、バケツくらいのアメリカンサイズのアイスを買ってきてくれた。

そして、夜ごはんは、なんとお庭にテーブルと椅子をセッティングして、星空の下でキャンドルを灯しての野外ディナー

蒸し焼きのサーモンやら、焼き立てのパンや、おいしいメキシコビール。。


乾杯の前にだんなさんのジョンが「暴力とか戦争とか、悲しいニュースが多いけど、君たちみたいな若者がいるってことがうれしいよ。君達が未来を明るくしていくんだよ。」と。

そういう気持ちで、このおもてなしの全てをしてくれてるんだなぁ…。感動してしまいました。





夜、ふかふかのベッドで、西川と同じお布団で寝れる幸せ…
あぁー、今日は銀マの上でストレッチしなくってもいいんだなぁ、、、とか考えながら眠りにつく。
ジョン、チャーリー、本当にありがとう。なんか全部夢みたいだ…
お腹も気持ちもいっぱいで、もし夜中に食べられちゃったりしても(2人が魔女とかでさ)、もう知らない。素敵な2人です、ほんとに。

JMT 33 ゴール

9月10日

day 33
Trail Camp→Whitney Portal

6時おきだったけど、テントの中で着替えてるうちに、もうお日様の光が…。目はあんだけ泣いたからめちゃくちゃ腫れてるけど、こんなにあったかい朝はJMT中で初めてかも
手とか顔をバケツの水で洗うのも全然苦じゃない。むしろ、気持ちいいくらい

朝日でレッドクリフ。西川らしからぬポーズ。
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今日も、まるちゃんにコーンを入れたラーメンが朝ごはん。角砂糖4つも入れたリプトンティーも食後につけて、るんるんと準備

パッキングも済ませて出発の前、銀マだけ地面にひいて、絶景の中西川に青空足裏マッサージしてもらった。下りで膝痛くなったから、ほんとは昨日の夜してもらおうと思ってたんだけど、泣いたまま寝ちゃったからね。
出発が遅くなっちゃうし、いいよ、と思ったけど、西川が「楽しい下りになるように、しといた方がいいよ」っていうから、女王様の様にしてもらった。ありがとございます。
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そして、8時50分出発。ふもとから登ってくる人とたくさんすれ違う。
富士山とは違って、トレイルの環境を保つために、ここは1日に山に入れる人数が決まってる。枚数限定で許可証が発行されて、その青かオレンジのタグをザックに付けるようになってるのね
青は1泊してWhitneyに登る許可証なんだけど、なんとオレンジタグの有効期限は1日間のみなの。つまり、このオレンジタグを付けた人たちは、24時間以内に、麓から4418mのWhitneyに登頂してさらにまた同じ道を下らなきゃいけないの。
これ、かなりかなりかなりきつい行程だよ、距離だけでも20マイル(≒32㎞)以上ある上に、2000mのアップと2000mのダウン。。これは、鬼です
おそらくオレンジタグは、Whitneyに登るための許可証じゃなくて、1日山に入ってピクニックを楽しむためのものなんだと思う。でも、Whitneyはすごい人気だから、青のタグは何か月も前から予約とかしないといけないんだって。だから、みんな無理やりオレンジタグでWhitneyを目指してるんでしょう。

だからうちらはオレンジタグの人を見るたびに、「おおおーー、オレンジタグだー、すげーー。」言ってたよ。
みんな結構死にそうになりながら「Whitneyまであとどれくらい…?」とか聞いてきたもん。



途中で、おじいさん、孫、おばあさんの3人組に会ったよ。おじいさんと孫はほんとの家族で、おばあさんとはトレイルの途中で会って仲良くなって合流したんだって。
そして、うちらと同じく、30日以上かけてJMTを歩いてるらしい。親近感
トレイル慣れしたすごく感じのいい人たちで、「ここ下りた後のride(=足)はあるの?」って向こうから聞いてくれた。サンフランシスコから来た3人だったから方向が逆だったんだけど、北なら連れて行けるよ、って言ってくれて。
前にも、ヒッチハイクしてるトレッカーを拾って帰ったことあるんだって。他の人にも声かけたらぜったいつかまるよ、とも言ってくれた。
おおー、神。なんかすごく気持ちが楽になった。


あとね、「今日でJMTゴールなんです。」って言ったら、「イエーーーイ!ハイタッチしよう!!」みたいな老夫婦とも会ったよ。この2人も、何年か前にJMT踏破したんだって。
山をやってる人同士って、それだけですぐ仲良くなれちゃうんだよね。「夕方には下山するから、もしその時までにヒッチハイクがつかまってなかったら、うちらが乗せて行ってあげるよ。」と言っていただいた。



西川と一緒にトレイル脇で座ってナッツ食べたり、パワーバーを食べたりするのも、今日で最後かぁ。。ほんとに33日間も山にいたのかなー…て思うけど、日記がこんだけ溜まってるから、そうなんだろう。
いい1か月だったな。この旅中じゃないと、ほんとに来れなかった、出来なかったことだよね。



下の方に登山口の駐車場が見えた時、ほんとにこれで最後なんだ…って思ったら、なんかドキドキしてきちゃった。
トレイルのまわりの木がそよそよ揺れてるのが、凱旋パレードとかみたいに「おめでとーーー。わーーー。」って言ってる様で、なんか頷きながら歩いちゃった。
トレイルヘッド(ゴール)に着いたら、西川と握手して抱擁しよう、とか思ってたけど、着いてみたら、先に着いた人たちが記念撮影してて、お互いに写真撮りあったり、他のクライマーのおじさん達に話しかけられてる間にうやむやになっちゃった。いい人達だったけど、みんなここから北上して帰る人ばかり。どうしてみんな北なのかしら??


うちらの記念写真。無事にゴール。33日間、ありがとう!!
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プロフィール

くじら日記

Author:くじら日記
2009年12月23日に結婚しました。
だんなさんは鍼灸師、わたしは病院での研修医を終えて、1年間の休みを取っての世界一周新婚旅行。
日記を、人が見てもいい文章で書くのってどうやってやるのかな…?と思いつつ、旅の記録を残したくてやってみました。

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